優子の笑顔を守り隊 -23ページ目

優子の笑顔を守り隊

女優 大島優子応援ブログです。

他に、気になった事や好きな事をちょっとですが書いています。

閲覧条件やコメント条件は基本的に付けていません。

あまり更新しませんが、よろしくお願い致します。

まずは



皆さん、ご心配おかけしました。



まさか、自分が被災者になるとは思いもしませんでした。



災害の多い日本列島、いつどこで何があるか分からないですね。



今回、北海道で起きた大きな地震を経験した者として、今後皆さんの何かのお役にたてればいいかなって思いまして、一部始終をブログに書く事にしました。



ちなみに、地震直後から北海道全域で停電になっていましたが、ほぼ復旧したんじゃないかと思われます。



私の自宅は7日の午後7時30分頃復旧しました。



そんな訳で、やっとスマホ充電出来るようになったので、返信やこうやってブログ書くことも出来るようになりました。



携帯会社の違いや機種もあるだろうけど、インターネット障害もだいぶ解消されて、このアメーバにもアクセス出来るようになりました。



ペタも再開しました。




それでは6日の地震当日の事…って言いたい所だけど、4日の夜から5日の朝にかけて台風が通過しました。



関西地方に大きな被害を出した台風、勢力が弱まっているとはいえ、こちらでもかなりの暴風雨でした。



その影響で4日の夜はあまり眠れませんでした。



翌日会社に行くと停電になっていましたし、近くの道路に木が倒れてたり飛来物が散乱してました。



会社の停電は朝のうちに復旧しましたが、まさかこういう状況の翌日に大地震が来るとはねぇ(笑)



5日の夜はやっとゆっくり眠れるなって思ったのになかなか眠れず、おそらく6日の午後2時頃眠りはじめた矢先の午後3時8分、ドドドーン!っていう地響きのような音とともに揺れだして、それが尋常じゃない揺れ方になってきたので飛び起きました。



地震が発生した時点ですぐ停電になりまして、暗闇の中スマホの緊急地震速報が鳴り響いて、そのスマホの明かりを頼りに隣の部屋で寝ていた83歳のオフクロの所へ行ったら無事だったんでホッとしました。



すぐ懐中電灯を引っ張り出して、家の中を見回したけど、揺れの割には物とか倒れていなくて、やれやれと思ってトイレに行ったら棚の上からトイレットペーパーが落ちて散乱していました。



スマホの地震の情報で、震源地は胆振東部で安平町が震度6強で、札幌で震度5強や5弱ってなっていましたが、私の住んでる地域は後で知ったんですが震度5弱でした。



まさかあの時、厚真町が震度7であんな事になっていようとは思いもしませんでした。



暗闇の中、ただ夜明けを待つしかなくて、その間も何度も余震が続いていました。



電気という最大のライフラインを失いましたが、その時は停電の真相を知らないから何故か楽観的に考えていました。



数時間で復旧するであろうと…。



その甘い考えが、数時間後に真相を知って絶望に変わりました。



幸い我が家は水道もガスもちゃんと使えたので、鍋でご飯を炊いて、インスタントの味噌汁と冷蔵庫にあるもので朝食を取り、会社の状態が心配なので早めに出勤しました。



こういう状況で年老いた母を1人残して家を出るのは不安だったんですが、様子見がてら昼食を食べに昼に戻るからって伝えて家を出ました。



車での移動中、いつもとさほど変わらない景色でしたが、大きく違うのは停電のため信号が全くついていない。



交差点通る時どうなんだろう?って多少の不安はあったんですが、実際交差点に来るとそれぞれみんなが譲り合いで問題なく通行出来ました。



今回こういう大地震という被害にあって、一番嬉しかったポイントがこれなんですよね。



何でかというと、北海道のドライバーや特に札幌のドライバーって自己中でせっかちでマナーがめちゃくちゃ悪いんです。



自分も含めて(爆)



一部の良心的なドライバーを除いて、譲り合うという精神に欠けてるドライバーばかり。



北海道で交通事故が多いのは、道産子の気質に問題があると思うんです。



ただ、今回停電で信号が止まっている時は違いました。



交差点でみんな止まって、お互い譲り合って通行していました。



非常時にはみんなちゃんとやるんですね(笑)



なんかほっこりする光景で嬉しくなりました。



話は変わって、車のラジオから地震の情報がいろいろ流れてきて、札幌市内の某所が道路陥没で通行止めになっているとか、生々しい被害の情報が次々と…。



時間が経つにつれ、道内各地でかなりの被害が出てるという現実を徐々に知る事となりました。



私は自動車の修理工場に勤めているのですが、会社に着いて、あらかじめ来ていた社長に被害状況を聞きましたが、事務所は書類などが落ちて多少散乱していた程度で、さほどの被害はありませんでした。



一番気がかりだった、工場の中に保管していたお客様から預かっている車の被害もなく、工具なども大丈夫でした。



しかし、停電のためコンプレッサーが動かせず、業務的には何も出来ない状態。



電話もパソコンもダメで、電気が無いと本当に何も出来ませんね。



ただ、私は今時期経理の方の仕事が忙しいので、そっちの仕事に没頭しました。



昼近くに母の携帯に電話したら、なにやら数時間後に水道が止まるという話が…。



あわてて帰宅の用意をして、帰りにもしホームセンターが開いていたらポリタンク買おうと思って帰宅途中に店に行ったら、あり得ないほどの行列。



すでにポリタンクを買っていた人がたくさんいたので、たぶんこの行列に並んでも買えないだろうと思い諦めました。



不覚でしたね。



水道が止まるという事を想定していませんでした。



失意の中帰宅したら、家じゅうの入れ物という入れ物にすでに水が汲まれていて、浴室の湯船の中にも水がなみなみと…。



さすが戦争経験者で、激動の時代を駆け抜けてきた人はひと味違いますわ(笑)



ただね、帰宅した後も水道は通常通りに使えたし、何でだろう?と思いつつ、昼食後会社に戻りました。



夕方は早めに帰宅しました。



電気がないから、暗くなると何も出来なくなりますからね。



帰宅途中、何やらとてつもない車の行列が出来ていましたが、その行列の先はガソリンスタンドでした。



基本的にガソリンスタンドも電気がないと何も出来ないようですが、手動式のポンプで給油できる所に車が殺到して、その車の行列が数キロメートルにもなっていました。



地震があった日から停電が復旧した後も毎日、この光景は見られました。



物流がマヒしているので、ガソリンが入って来ません。



開いているガソリンスタンドに次々群がるガソリン難民達。



7年前の東日本大震災の時にテレビで見ていた光景が我が街にも…。



ガソリンだけじゃない、圧倒的な食料品不足で、開いているコンビニやスーパーも食料を求める人達の大行列。



自分の今置かれている状況がただ事ではないという現実が胸に突き刺さり、一気に不安になりました。



でも、我が家は食料品の備蓄が結構あったから、数日間は過ごせるかな…でも、この食料品が入って来ない状況いつまで続くんだろう…。



考えるのは、そういう事ばかり。



帰宅後は、暗くならないうちに明かりを灯す準備。



大きいガラスの灰皿の中心に花を生ける時に使う剣山を置き、仏壇にしまってあった大きなローソクを剣山に刺してガッチリ固定して火を灯しました。



はっきり言って暗いですが、懐中電灯の電池を出来るだけ持たせたかったから我慢です。



懐中電灯はトイレに行く時だけ使いました。



薄暗い間に夕食を済ませたので、その後は何もする事はありません。



スマホをいじりたい所だけど、停電で充電が出来ないから、バッテリーを減らす訳にはいきません。



車で充電できる充電器はあるけど、ガソリンは半分以下なので、ガソリンを無駄に消費する訳にはいきません。



それ以前に、ネットが全然繋がらなくなってたので、どうしようもありません。



とにかく、9月の夜って長いですね~。



その日は早めに就寝する事にしました。



眠れないんじゃないかなって思ったけど、台風と地震のダブルパンチで寝不足だったから即落ちでした(笑)



7日の朝、相変わらず停電のまま。



ただ、水道は結局止まっていなくて、トイレも普通に使えました。



新聞は…来ないだろうなって思った。



しかし、遅れてだけどちゃんと朝刊が届いたんです!



北海道新聞の方々と販売店の方々には本当に感謝です!



新聞を開いたら、厚真町の土砂崩れの写真が…。



集落が飲み込まれ、たくさんの犠牲者と行方不明が…。



それだけじゃない、我が街札幌の写真も。



清田区里塚の住宅街と道路が液状化でぐちゃぐちゃに。



停電が続いているものの、さほど被害がなかった我が家や私達がまだ恵まれた状況なんだなって思い知らされました。



その後、新聞の他の記事を読んでいたら、水道が止まるというデマがTwitterで流れていたという記事を発見!



実際に水道が止まったのは、札幌市では清田区と厚別区だけでした。



だから、ここは大丈夫だったんだってホッとしたのもつかの間、強い怒りがこみ上げてきました。



熊本地震の時のライオンが逃げ出したってデマもそうだけど、人が精神的に追い詰められているときに下らないデマを流す奴。



もはや人の道を外れているし、私達と同じ人間とは思えない。



絶対に許せない!



複雑な想いを抱えつつ、7日の朝もいつも通り出勤。



すると、所々ではありますが、停電が復旧していまして、信号がついている所がありました。



会社に着くと、会社も停電から復旧していてホッとしました。



しかし、取引先がまだ復旧していないし物流がマヒしてるので部品が入って来なくて、本来やるべき事が出来ませんでした。



まぁでも、私達はまだマシな方です。



生産者とかは死活問題ですよね。



数ヶ月かけてやってきた事が、数日の停電で全部パーになるかもしれない。



電気が無いということは、こういう事にもなりかねない。



あと、医療関係も電気がないと人の命に関わりますからね。



話は変わって、この日はやっと銀行に行けました。



行く途中に、開いているコンビニがありまして、そんなに混んでいなかったので車を止め入りました。



北海道の人ならみんな知ってる「セイコーマート」というコンビニです。



中は案の定、食料品はお菓子とカップ麺がちょっと残ってる位で、陳列棚はガラガラで何も無い状態。



ジュースも炭酸系がちょこっと残ってる位。



私はカップ麺とジュースを買いました。



ああいう状況でありながらも、店員さんが神対応で嬉しかったですよ。



7日の日も、暗くならないうちに帰宅しましたが、まだ停電のまま。



また絶望感が襲ってきました。



でも、数時間後の午後7時30分、電気がつきました。



あの時の電気の明るさ、一生忘れないんじゃないかな。



改めて、電気のありがたさや何でもない日常のありがたさが身にしみました。



ちょうど30分後の8時からのMステを観ましたが、AKB48がゲストでしたよね。



珠理奈がやっと復帰して、なぁちゃんも喉の手術から復帰。



そして、久しぶりに選抜に戻ってきた十夢ちゃん。



みんなの顔を観たら胸がいっぱいになりました。



自分は幸せなんだなって、恵まれているんだなって。



大きな地震が起きて、長時間の停電になって、辛い事が多かったけど、いろんな事を考えるいい機会になりました。



人はいろんな人に支えられて生きているんですよね。



そして、当たり前のようなライフラインのありがたさ。



そのライフラインに頼りきっていて、防災意識が低く甘えがあった自分自身。



50歳という節目で経験した人生のターニングポイントかもしれないです。




このブログを書いている時点で、厚真町ではまだ行方不明の方がいます。



早く見つかるといいですが…。



そして、避難所生活している方々もたくさんいます。



1日も早い復興を願います。



そして残念ながら犠牲になった方々のご冥福を心からお祈り致します。



それから、色々と支えて下さった本州のみなさま。



本当にありがとうございます!



またたくさんの観光客が訪れる、素晴らしい北海道にしていきたいと思いますので、今後とも宜しくお願い致します。
m(_ _)m



日本って災害が多いけど、その度に人と人との助け合い、支え合いが発生します。



だから、そういう日本が大好きですし、日本人である事を誇りに思います。



今回初めて支援される側になって、本当に人の温かさが身にしみました。




最後に


ダラダラと長文のブログを書いてしまいましたが、もし万が一このブログを読んで下さった方が災害に遭われた時、何かのヒントになればいいなって思ってます。



そういう意図でこのブログを書かせて頂きました。



最後まで読んで下さって、ありがとうございました!
m(_ _)m