理佐side
裏路地にある知る人ぞ知る居酒屋。高さが少しだけ低い扉を引けば、カウンター席に待ち人がいた。
ねる「あっ、りっちゃん〜♪」
力なく手を振ってくるねるに微笑み隣の席に座る。
理佐「お待たせ。」
ねる「本当に。遅刻グセそろそろ直しなって」
理佐「ごめん」
1番話しやすくて、飲むスピードも丁度いい彼女と定期的に開く飲み会。今日も安定に5分遅刻。それを直した方がいいと、言い続けてくれる飲み友。もとい、元カノ。
時々なんで別れたんだろうって思う時もあるけど、後悔しているわけではない。結局、恋仲としての相性と友達としての仲の良さは全くの別物というわけだ。
理佐「今日の服可愛いね」
ねる「本当?嬉しい。インスタにあげちゃおうかな。“りっちゃ んが撮ってくれました”って」
理佐「また匂わせみたいになっちゃうね」
ねる「ははっ、りっちゃんは私と噂立てられてもって感じでし ょ?(笑)」
んー、別に。お陰で定期的に可愛い姿を見せてくれる人が私にはいるから。
ねる「最近仕事はどうなの?この前ちょっと体調崩したらしい じゃん。」
理佐「順調だよ、思ってたよりいい感じ。」
ねる「……仕事も良いけど、ちゃんとゆいぽんのことも大事に してあげるんだよ」
理佐「…わかってるって。」
かつて付き合っていた私たち。順風満帆に見えたその期間は、突然の如く終わりを告げた。
私が仕事に夢中になるあまりねるのことを疎かにしてしまって、それが理由で別れを切り出されたんだ。
「次の人はちゃんと大切にね」って泣きながら笑っていたねるに言われて。
きっとその思いはねるの中でまだ揺るがないものなんだろう。
復縁したいとか、私を由依からの奪おうとかそんな汚れた考えなんて持たずに、いつもねるは純粋に、私と由依の幸せを案じてくれている。
ねる「ゆいぽんは?最近どんな?」
理佐「元気だよ。残り少ない櫻坂を楽しんでるみたい」
ねる「そういうことじゃない。りっちゃんとどうなんよ。」
理佐「…頼り、頼られって感じかな。特には変わってないよ」
ねる「本当かね。」
理佐「確認してみれば?」
私がそういうと深いため息を吐くねる。どうしたんだろう。
ねる「特に変わらないわけないでしょ。卒業間近なんだし、移 り変わる時の中で、いつもの当たり前をふと忘れること だってあると思うけど、私は。」
理佐「どういうこと?」
ねる「…普段通りがわからなくなっちゃうってこと。いつもな らパッと言えるようなことでも、変化の間にいるときに は変に躊躇っちゃったり、甘え下手になっちゃったり。
ゆいぽん、そう言うの隠していつも通り振る舞う人やけ ん余計よ。」
そういうもの?と私が聞けば、そう言うの気づかんところ、本当変わってなかね〜。って見下されるような言い方をされる。
ねる「あ、噂をすれば。」
私の後ろを見てそう言うから、私も振り向けばそこにはいるはずない由依がいた。
理佐「えっ、由依。なんで?」
由依「なんでって…ねるに呼ばれたからだけど、」
お仕事終わりだったのか、お洒落して、髪の毛も綺麗に巻いている由依。ねると何か用事があるのかと思って、ねるを見ると徐に立ち上がって荷物を持っていた。
ねる「じゃあそういうことやけん。楽しんでなりっちゃん」
理佐「んえっ?」
ねる「ゆいぽんも久しぶりのところ悪いけど、バイバイ。」
由依「えっ、あ、うん、またね。」
流れるように帰ってしまったねるの背中を見送り、気まずい空気が流れる。
由依「…座ってもいい?」
理佐「あ、うん。」
由依「なにか頼もうよ」
理佐「うん」
適当に由依の好きなやつと、私の気持ち程度のおかずを注文し終わる。
理佐「ねるには、今日なんで呼ばれたの?」
由依「…言いたいこととか、あったらちゃんと言いなよって」
“恋人なんだから”とそう付け足されたらしい。奥手同士の私たちが今までうまくやって来れているのは、ねるのそういう些細な支えがあるからだと思った。
お互い黙り込む。特にそれに関しては話すこともないし、私がこの話題はもう終わったことに流そうとした、その時に由依がポツリと宙に言葉を呟いた。
由依「言いたいことねー…」
理佐「何かあるの?」
休養明けからずっと伸ばしている長めの前髪が少しだけ目にかかる由依の顔は欅坂46から櫻坂46に変わる、その時の由依の表情に似ていた。
由依「…私、そろそろ櫻坂じゃなくなるわけじゃん。アイドル じゃなくなるって言うか。」
理佐「うん?」
由依「アイドルじゃなくなったら、きっと少しは私ズボラにな ると思うんだよね。メイクしなかったり、スキンケアも 今ほど入念にはきっとやらなくなる。」
由依は何が言いたいんだろう。それだけ考えて聞いていた。
由依「…まぁ、だから強いて言えば、アイドルでいるうちに、
可愛いとか、もっと言ってくれたら嬉しいなとは思うけ ど、」
歯切れ悪く放たれた言葉はきっと由依の本音。飾らない小林由依そのものの気持ちだと感じる。
ガヤガヤとうるさい周りと対照的に静寂の流れる私たちの間。どこを見つめているのか、正面を向いたまま飲み物を口元に持っていく由依の横顔。暖色の照明が、色気を引き出す。
私が由依を好きになった理由が全部詰まっている気がした。
理佐「なにそれ、可愛い」
由依「…今はノーカウント。オフだもん。」
理佐「じゃあ由依は、素でも可愛いってこと?」
そう言うとパッと私の方を見て来て目が合う。不意に頬を染めた由依は珍しく照れてるみたい。
由依「しらん、」
理佐「ふふっ、ほっぺ赤くなってる。」
指摘されるともっと赤くなるのが由依の癖。案の定耳元まで可愛い色に染まってる。
どこまでも可愛い由依。絶対に離したくなんてない。ねるが心配しなくとも、私は由依のことをこんなにも愛しく思ってる。
理佐「そういうところが大好き。」
理佐「卒コン楽しみにしてる。どんなドレスなんだろう」
理佐「絶対綺麗なんだろうな。由依だもんね。」
どんなことを言っても何も言わなくなった由依に対して、1人言葉を投げかけ続けていた。別に反応して欲しかったわけじゃない。私がただ言いたくて言っていただけ。
だけれど、次の瞬間。カウンターについていた手に徐に由依の手が重なり、次の瞬間には唇が重なっていた。
由依「うっさいなぁ、、」
理佐「んっ、」
表ではあんまりスキンシップを好まない由依からのキス。体温が上がっていくような気がした。
短いキスが終わり、鼻と鼻がくっつきそうな距離で由依のジト目と目が合う。
由依「……やっぱり今まで通りでいい」
年下だけど、とってもいい子で昔からワガママを言わない私の彼女。そんな人がほんの少しだけ下唇を出して、「やっぱり」なんて珍しく年下じみたことを言った。
当の本人は拗ねているようだけれど、吸い込まれそうなその魅力的な瞳に見つめられて、私は返す言葉が見つからなかった。
fin
お読みいただきありがとうございました。
由依さんの卒業まで残り1週間を切ったので、こんな小説出してみました。なんとなくで書いたものなのであっさりしすぎていたかもしれません。
また、小説があんまりら投稿できていないにも関わらず、投稿のない間にも、フォロワー様が1680名を突破いたしました🙇♂️感謝しています。ありがとうございます。
おっす。