相変わらず

お久しぶりですw


梅雨だよー

嫌いだよー


夏だねー

熱いよー


ん~

いろいろ

考えてたけど


男の人の仕事を理解してあげることって大事なんだなあ

って。。

結局男の人は仕事人間であるだろうしって。笑


連絡もこちらからしつこくしない

帰宅が遅くても付き合いでのみにいこうが

黙って待っておく


男の人は浮気はするもの

いろいろなお店に行くものだと思うし


うん。。。


ちゃんと言わなきゃいけないとか思っていても

どこまで言うていいのか

とかって

難しいよね


あー

大人の余裕ある女性になりたいな


愛されるようになりたいな


自分磨き

内面。生活面見直そうって



みなさまは

自分磨きでしていること


または

恋愛の価値観や長続きされるために

我慢したり努力していることってありますか??


たくさんのお金と地位を得て、失ってしった。


失ったものの大きさと大切さ


たくさんの人を騙した

大嫌いはずの嘘もついてきた


嘘で塗り固めた顔、言葉、人格


罪悪感なんてなかった


・・・・代償は大きかった



人を信じるという心を失っていた


気づくと

勘繰り症。人間不信

なにも信じれない。


今になってやっと気づいた


たくさんのモノを得た結果

たくさんのコトを失っていた


あー・・・得る代わりに

心を打っていたんだって


なぜ当初はわからなかった?

気づかなかった?


気づくとさみしい悲しい人間になっていた


人を好きになる?

愛する?信じる?ってなんだろう


空っぽだ


中身なんてあたしにないのだろうって


全部上辺、全部作り物


ほんとの心、顔に気づいてくれる人なんていない


感情が薄れていたなくなっていたのは

いつからだろう


でも

意味すら知らないのに

愛されたい愛されたいと望むばかり


愛される価値すらないのに


愛されたい

愛するってなんだろう


なんでこんなに

心が空っぽ?


なにに餓えているんだろうか


虚しくて悲しくて


ピエロでいることがもうしんどい。





お久しぶりですw


更新随分遅くなってしまって・・・


今日ね少し恋愛から

離れてみますww



少し興味をもった言葉




人が誰かの悪口を言うとき

そこには他人の評価を落とそうとする悪意が込められています。


なぜ他人の評価を落とす必要があるのでしょうか?


そうでもしなければ自分の相対的価値を

高めれないとおもっているから、


悪口を言う人は

もっと他者から認められたい

でも自信がなくて自分をどう表現すればいいかわからないから。

他者がうらやましくて仕方がない

という劣等感や僻みで心がいっぱいいっぱいなのです、


まわりの他者はちゃんとみています。わかっています


陰で悪口を言われることを過剰に恐れる必要はないでしょう

損をするのはいつも、悪口を言われた側ではなく言った側なのでしょう


陰で悪口を言われることを

恐れるのならば

そのような時があるのならば

少しでもまわりの信頼関係を強める努力をしてみましょ


自分が他者の悪口を耳にしたときは

それを鵜呑みにせず

自身の考えでその人を判断してあげましょう


自分の目で見て

自分の心で感じて他人を評価してるならば

逆に自分が誰かの悪意によって評価を落とされることへの

恐れもなくなるはずです。


まともな人は

悪口ばかり言っている人の言葉には惑わされないものです



と誰かが呟いた。」





みなさんに感謝!!!




いつもありがとうございますw



けど毎回内容がバラバラで

あたしもなにを書きたいのか・・・笑



迷子なんです



とりあえず思ったこと感じたこと

吐きだしてるだけの

くだらないものです。はいw







昔はね付き合ってないと

お互い愛情を感じないと

カラダなんか重ねれなかった。



いつから変わってしまったのだろう。


嫌だ







カラダを重ねれば
貴方の心を繋いでおく事は出来ますか?



愛の無い貴方は
ただ快感のみを私に求め


愛情など知らぬ私は
それを愛と思い違う



愛の無い私は
ただ愛される事を貴方に望み


貴方もまた私に愛を求める

互いに求めるばかり
近いようで遠い
常に二人はスレ違い


交わるのは身体だけ


私が愛すれば
貴方は私を愛してくれますか?


静かに重ねた唇は
言葉より更に虚しい現実


報われない恋など

悲しいだけ


貴方がくれるのは
空の愛情
決して私なんか見ない

見てくれない


貴方と二人愛の無いSex…

身体を重ねても
貴方の瞳が私を見ることは無かった
私が愛しても

好きだと伝えても
貴方は言葉で伝えてはくれなかった




なんて経験ないかな?



大切な人を繋いでおきたい


つなぎ方なんてわかんない。




愛されたい愛されたいってみんな言う。

自分を磨き続ける原動力には様々あるが
最終的に行き着くのは、愛されたいから磨き続けるんだ。

男性なら、強くなって高い地位を得て名声と報酬を得る。
そうしてより良い女性に愛されたい。

女性なら、可愛い服装、可愛い仕草、メイクしてダイエットして
少しでもイイ女になって、より力の強い男性に愛されたい。

人は、愛されるために行動するし愛されることが生きるための
最終目標なのかもしれない。


けれども最近、

「愛を感じることができない。」
「自分は愛されていないんじゃないか?」

と思う人も少なくはない


じゃあ、その人が天涯孤独かといったらそうではない。
むしろ、客観的には恵まれてた環境にいることだって少なくない。



贅沢を常にしているわけではないけれど
日常を送るには何不自由の無い家庭。


そんな風に恵まれていそうなのに

どうして愛を感じていないのだろうか?


けど

「愛されていないって感じているわけでもないんだよね」


ともいう

それはつまり
両親も友達も恋人も、愛してくれてると思う。
すごく良くしてくれるし、私のことを大事にしてくれるって思う。


愛してくれているとは思うんだけど、なんかその事が
愛されているという感覚に直結するかって言うと、

ちょっと違うんだなぁ

って。



これは結構重要な事

愛されているなんて、形ではわからない。
感じることでしか分かりえない。

愛は考えるものではなく、感じるもの。


それなのに、愛されている感覚が麻痺していて確かなものではないって事は
やっぱり、相手からの行為を愛されている、と感じてはいないという事なのだろう。



感じることしか出来ない感覚を
感覚でキャッチできていなければ
それは、愛をキャッチしていなのと同じこと。




それと、もう一つ大事なのは
愛してくれているんだと思うんだけど…
という部分で。


そうなんだよね、なんとなく
これが世間一般で言う愛情表現なのかなぁ
という事は、なんとなーく分かっているんだよね。

だから、きっと愛してくれているんだと思う、という
反応が返ってくる。

じゃあどうして、愛しくれているだろうけど
それを愛だって、堂々と思えないのだろう。


それはつまり、
何が愛なのか、何を持って愛されているのかってのが
本人の意識の中でもわかっていないんだよね、きっと。



愛の形がどんなものなのかという
愛の基本の形の金型が自分の中に身についていない。
だから、愛と呼べそうなものがカラダの中に入ってきても
それが

愛ってなんだ!!!

識別することができないのだ。

愛のモデルがないから。



それは愛されたことがないから
愛が何か分からない。

すなわち、愛がどういう形なのかわからないから
これが愛だ!って認識できないでいる。
なんとなく、愛だと思われるような気持でも…。



幼い時に失った愛の形って、
もう取り戻せないの?と言われたそんなことはないだろう。





それには、
愛とは何かを知るために
親ではない誰かに愛される必要がある。




誰かに愛の型を作ってもらう必要があるのだ。



ただそれは本当に難しいこと。



愛と言う型を幼い頃に作ってもらってなかったら
愛が入るスペースというか、愛がどんな形なのかを
学ぶのは困難を極める。



歳を重ねれば重ねるほどにだ。

がんばらないと

何も成果を出せないダメであってもイイ子でもない自分でも
愛して欲しい
ダメな自分でも愛されたい!という
痛烈な気持ちがあるように思う。




それは長所があるから存在を許されるのでは無く
短所がある自分でも認めてもらえるという
安心感を得ることが、幼少期からなかったから。




それは結局は、
「自分は世界から受け容れられている」
という漠然とした安心感得ることが出来なかった為に
幼少期から抱える精神的飢餓が大きく関連しているのだと思う。




あるがままの
良い子でない自分、例えばワガママをいったり
泣いたり、お母さんに構って欲しいからこそ怒らせるような事を
してしまったり、そういう手を煩わすような感情を
表に出しても、受け止めてもらえる、イイ子じゃない自分でも
しっかり受け止めてもらえるんだ!という安心して
相手に寄りかかれる経験が無いと
いい子の自分しか評価されないんだって思ってしまう。





十分な依存を経験したことがないと、
友達に対する「安心したよい依存」ができない。



親に自分のわがままをぶつけるという依存をして、安心や安全、気持ちよかったという気持ちを味わっていない場合は、
相手に依存することは許されることで
気持ちの良い事なんだという体験が出来ていないから、
友達に依存することもできない。





かけがえのない両親から依存という自分を認めてもらえていないのに、
他人ばかりのこの世界は、
自分を受け容れて認めてくれるわけがないんだ!という事になる。









ただ、女性だって本当は知っているんだ。
どんなにいい子を演じて、どんなにいい女の条件を満たしている風に演じて、
どんなに痩せてスリムになっても、メイクしても、整形をしても
露出した服着て街を歩いても、
そういう外面が輝いている自分を認めてもらったところで
空しさが溢れてくるだけだってことを。





痩せていない自分、
露出という女性の性を強調しなければいけない自分
そんなニセモノの自分を愛してもらったって、何も満足しないって。


望みどおり、外見に男性がひっかかっているというのに…



つまり、愛されると思われる自分を演じていくら
愛されるキャラを演じている自分が愛されようとも全く満たされることはないのだ。


じゃあどうするかっていうと、悪いところも含めて自然体の自分を愛してくれる人を探すだけ。
愛されるための癖が身についてしまっていてはなかなか抜けないのかもしれないけれど
愛されるであろう、一般的な女性像に流されないで、自分らしく居ること。

(一般像になりたくて流されて、流されたことで自分にフィットするなら
 その像を自分にとりこめばいいけど、

違和感があるのに、愛されそうな キャラを演じ続けるのは間違っている。
 自然体じゃない自分を演じても疲れるだけだし
 演じている自分が愛されても満足感なんか得られないから)



あーうん。。



愛される

愛されたいって

難しいよね。



あたしは

なぜ

好きになってはいけない人を

好きになってしまうのだろうか・・・・。



最近

皆様は恋をしていますか??



振り返り自分を見てみる。

内側へ向かってく意識は、
外側を届けない。
それがもどかしい。

毎日は厳しくて、
「ちょっと休んでみる?」
それがダメで。

人に遠慮して戸惑うことと。

騙し騙しでやってきた気持ちに、
折り合いをつけず
毎日を回していたら今日が終わりました。

自分を守る術ばかり増やさず、鏡の外でがんばる。

僕はまだ笑えてる?

僕と言う名の道化師は。

叶えたい為に生きてきた?

まだできる?

僕が見えない。

感情なんてとうに棄てたはずなのに

涙が零れるのは
何故だろうか。


こんな自分ぢゃだめだ。


暗闇でいつまで
迷子になっているのだろうか、

泣いてるんだ。

孤独が怖くて
一人が怖くて

震えも涙もとまらない






お久しぶりですw



恋愛の距離感



恋愛って

お互いの距離感が大切

恋愛は大事だ


しかし


縛られてはダメだ



距離感が恋愛を成就さす




相手と

出会えたことには意味があり


ずっと一緒にいることで

価値が生まれる。




ずっと一緒にいるための

距離感。



お互いを高めあえる距離感



相手の世界観・価値観を縛っては

ダメで

自分の世界観・価値観を縛らては

ダメなのだ。



お互いの

世界観・価値観を磨いて高めあってゆける


そんな大人な恋愛をできるようになりたい。




といっても

難しい。



好きな相手

だからこそ

行動が気になり

縛りつけたくなる。



もっと視野・心を広くもてるようになれたのなら

どれほど心が楽になれるのだろう。



だからこその

距離感。




あなたの恋愛は



『縛られていますか??』



『縛っていますか?』


またそれによって

自分の世界観・価値観はどうでしょうか??




お久しぶりです。

みなさんお元気ですか?

放置すみません(;_;)



最愛の彼と別れて半年

やっと薄れてきました

まだ好きなのは好きだよ

まぁ
新しく頑張ろうと思って
引っ越しもするし(*^^*)








嘘つきな彼は天の邪鬼な彼女を騙してた
天の邪鬼な彼女は嘘つきな彼が愛おしかった


天の邪鬼な彼女はいつになったら
嘘つきな彼を手離すのだろう
嘘つきな彼はいつになったら
天の邪鬼な彼女を手離すのだろう


きっとどちらも手放せないのだろう
さよならはあとすこしなのに


最後くらいは、
愛してたと言っておくれ
例えそれが気の迷いだとしても


これでほんとうのさよなら。


愛してた

もう過去形にするから


いままでごめんね
いままでありがとー


最高に最低なキミ
けど
最大に最愛なキミ

愛してました

嘘つきなキミを。







信じることって
ホントに難しい


すぐ疑心暗鬼になって
不安が妄想を産み出す


心が荒んでゆく
信じることが出来なければ‥


手をバタバタさせて
まとわりつく妄想を
払いのけても払いのけても
また雨のように降り注いで
じっとりと被ってしまう‥


信じることは難しいけれど
信じることで
心は救われる


そうでなければ
真っ暗闇の隧道を
延々と俯いて歩いてゆかねばならない


信じたことで
裏切られることの
恐怖にも似た
衝撃の予感に
押し潰されることなく耐えうる


強い心で信じたい‥

ただひたすらに信じたい‥

その念力が強ければ強いほど

きっと人は強くなれる‥


そう信じている…




『あなたは人を信じれますか?


人を信じれなくても
大切な人を
信じれますか?』










これだけは
信じてください

あなたは
絶対一人ではありません。

一人だと
思わないでください。


真の悲しみを
知っているから

真に強くなれるのかも知れない

真の強さは
紙一重の弱さであり
それを己自身が知っているからこそ
真に優しく成れるのだろう

強さの陰には
必ず弱さがある

その弱さは
優しさを生みだし
ひとを強くするのだ

強さだけでは
優しくはなれない


『お題』

本当の強さって
なんだろうね?



出逢いって凄いよね。

どんな人と出逢って
どんな人と過ごすかで
自分の人生かわるよね。

けど
どの出逢いにも
出逢えたことに意味があり
一緒にいることによって
価値がうまれるんだよね。


コメントくれるみなさん
こんなくだらない
ごちゃごちゃなブログですが
いつもありがとうございます、

ブログで出逢えたことに感謝。

この出逢いを大切にしたい、

ありがとう!


いつもまとまり
なくてすみません。(ノДT)