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Sun Of No.19

Fxxk-OK CITYにて
バンド・博多MORNING☆STAR/ReveRのSingerとして活動する
HEADのblogです☆

地震は起こるが、自信はない。

雷は鳴るが、雷は落とせない。

火事はあっても、家事はどうだ?

そこには、足りない。


何ってたって、親父だ。

理不尽な暴力は、単なる支配欲求は、淘汰されても構わない。

子供たちは、世の中の家族たちは、理想に近付いたか…外的な安全安心、その反面で何かが足りなくて内面が危うく。
壊れやすい。

甘えと、過保護の狭間で、障害物のない障害物競走に躓く。

なぜだ?
安全安心、だから思い切り走っていけるか?

障害は全部取り除いたか、

いや、あそこにまだ残っている、

本当にそうか、

触れたら危ないかも知れない、

けど、それよか何よりも

そいつはお前の進行方向に立ちはだかってはいないぞ

こんなはずじゃなかった

なぜに躓く?


睨まれて、頭をぶっ叩かれて、脳天に突き刺さるカミナリのような怒号からも、俺たちはいつも負けずに立ち上がった。

紛れもなく心身の鍛錬であった。

俺はその精神を忘れていたのかも知れない。



僕はその影響と存在に、独立自尊の精神を見たのだ。


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サイクル的に、この日が来ると、何かとボーッと考え込んでしまう。
この日と言っても厳密には同じ日など二度と無いわけだから、気分的な波というか、日常を過ごしてくなかでの波長みたいなもん。別に何か決まったイベントがあるわけでもないし。

どちらかというと、下り坂みたいな一日なんだけど、だからこそ、当たり前の、普段は気付かない有り難みなんかに出会えたりだとか。

そんな一日。

こんな日は休息するのがいい、仕事は休めないが一日を気持ちにゆとりをもって、必要以上にワイワイ話すのも
控えて、早目に寝る。


おやすみなさい☆


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あっという間だったね、あっという間過ぎるぜ、連休よ。

今日は音楽漬けだったけど、この連休もいろいろありました。

ご本人をご存じなくとも、ネットなどで知られた方もいらっしゃるかと思います。

元Xの沢田泰司さんが亡くなりました。

泰司と言えば、僕のようにXの音楽性を好む少年でなくとも、泰司かっこいいよね!なんてヤツもいたりして。僕の周りでは不良に人気のあるベーシストでしたけど、、つまり、Xは嫌いだけど泰司は好き!みたいな人、ですね。
僕はhideやヨシキといった派手なルックスを当時は好んでましたけど、そんな人達がいたから、それがキッカケにもなり泰司のカッコ良さに惹かれた部分もあるんですよね。

バイクに、タトゥーに、、
ビジュアル系という視点を外して当たり前に見てみると、顔もカナリ男前だったし。

ちなみに、ベースというパートを知ったのも泰司がキッカケです。
何も知らない子供の頃は、なんでギターが三人もいるんだ?、なんて思ってた(笑)で、CDのクレジットでさ、バスってなんだよ⁈ってf^_^;)

まあ個人的な懐かしみはよいとして。

けど、バンドに置けるベースの重要性や奥深さを知るキッカケとなり、それから十年近くして自分でバンドやって実感したよね。

ジョークっぽく書いても、やはりショックです。

RIP、御冥福を御祈りします…
どれも、個人的にはシックリきません。

hideのときも築地本願寺で思ったけど…

やはり、、泰司さん、ありがとう!

ってことですかね、JAPANがつく前のXって、最初の憧れで、バンドやりたいって思ったキッカケだから。


まだまだ、俺、ヤメてませんから。
今日も改造ジャガーとボグナーで、一人でスタジオ。
あと三時間耐久カラオケ、ワイフと。

誰と張り合っても仕方が無い、自分との勝負、少しずつまた掴み始めてるよ。

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今朝は、久々にモースタやリヴェルの楽曲をギターで弾いてみた。
活動してるときは常にリハーサルを欠かさなかったし、いま改めて少なからず高いクオリティを実感するが、長いブランクにあせる。
作曲、アレンジを担う自分でさえ、もたったりミスったりするのだ。

バンドとしての活動が停滞して二年近いが、それを思うと、とてつもなく巨大な[モンスター]に追われるような気にもなる。

一人でワクワクしていた結成前のイメージ、それは現実味を帯びて、或いは現実のものとして俺の前に立ちはだかる、今。


しかし、夢を叶えるにはそれをクリアしなければ始まらない。


創造性とチカラ、
協調性と感受性、
衝動と調和、
楽観性と豊かさ…

凡ゆる対を繋ぐ、そのブリッジを探せ。
二つを繋ぐブリッジを自由に行き来することを可能にしてこそ、俺や、俺たちは、またステージに立つことができるのだ。

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暑いね、天神のカッフェでワイフを待ちながら、アイコで涼む。
なんだかんだ、特に用事のない日の過ごし方はこんな感じで、あとはご飯を食べるとか、好きな感じなんだけど、何もなくて何となく入るカッフェって暇潰しのような気がして。
勿体無い気がしてさ、普段は考え事したりするときにゆっくり入るんだけど、こんな日は焦りを覚える。

街ゆく人、単なる風景の一部、淡々としてるようで、ひとりひとりの思考や視界があるんだよね、、みんな楽しんでるかい?

ゆったり流れる街で、俺は焦りを覚える。




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ようやく、連休。
実は一週間帰省していたワイフも、今夜帰ってくる。

色々あったけど、充実した一週間だった。
俺は仕事あがりで髪もナチュラル、彼女いわくリーゼントができなくなった人の髪型らしい(笑)

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天草に行ってる両親から、夕陽の画像。
宇宙みたいで、キレイだ。

すべて良くなる!



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祖父の家のベランダから見える川、今日はラフティングの若者が着てたよ。

若人たちは、こんな雄大なバスクリンみたいな色の川を見たことあるかい?
これが泳ぐと結構楽しい!

しかも未体験だけど、リバーサーフィンだってできるんじゃねえかと、俺は企み中なんだ(笑)


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俺!(^O^)/

髪をひさびさにツンツンショートにしたよ♪


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突発的というか、衝動的というか、グローバルというか、ここ最近の個人的日常の印象です。

先月から、祖父が亡くなったり、甥の節句があったりと、何かと実家に帰省する機会も多くなってます。


今月初めにはやはりワイフの実家へ帰省し、

翌日は下道で福岡へ帰りエディレジェンドさんのライヴを観、

その晩のうちにまた熊本まで戻り、

翌日ワイフの友人の結婚パーティーに出席してそのまま福岡へ。

もともとの予定プラス突発的な用事、更に衝動的な行動?



とにかく何かと忙しいんだよって感じなんだけど、感覚としては、振り返ったらそんな感じだったという感じで。

まあチャラっとしてるようで、一応は壮年期と呼ばれる時期を生きているわけですか?ん?三十前半でもそう言うんだっけ?



けど慌ただしい中で正直頭とかついて来れてないことも少なくないんだけど、流れに飲まれないっていうか、頑固な岩みたいな感じで、流れとか感じ取ってはいるが、簡単に流れに任せるようなことはしない。

その都度、しっかり考えていきたいですね。

流れに乗るにせよ、舵はしっかり取ってなきゃなんないだろうし。


今だからって訳じゃなく、ずっと俺ってそうだったんだよって今日移動しながら思った。

なんか少しずつ自分自身についてわかってきたというか、ね。

過去の出来事とか人間関係とか、自分なりの見解がハッキリしてきたし。


そういうときって大抵、バラエティ番組とかで自分がインタビューされる画が頭の中で再生されるんですよ。

コメディ的に、ロック的に、そこは俺らしくアリトアラユル表現を使いながら語るわけなんですが、言ってることはちゃんとしてる。

実際、そういうのが実現しなくてもね、カンニングペーパーを作ってテスト受けようとしたら覚えちゃってたみたいなのと少し似たとこあるんだけど、自分の中で考えがまとまってるとなんか日常にも影響してくるんですよね、いい意味で。

色々ある中で、その対処の仕方とか。


結局、成長したり成功したりしても、嫌だなとか恐いなってイヤなことが全くなくなるなんてなくて、その対応の仕方が上手になってく感じだと思うんだよね。



まあとにかく、この、福岡~熊本って範囲ではあるけど、それでもいろんなとこに行きいろんな人と接する機会が、良い風に繋がっていると信じています。




毎朝、二度の目覚ましをストップして予定より一時間後くらいに慌ただしく起き、
必要なものをバッグに詰めて、忘れ物を取りに戻ったり、カギの確認をしに帰ったりして、ようやく仕事先に向かうが先ほどの様子がウソのように平然としていて、駅のホームでは妙にスマして何か考え事を始め、あっという間に仕事先に着き、少しダラけてスタートしたかと思えば、ポテンシャル全開で仕事をこなし、途中一服してボーッとしたかと思えば、あとは一気に仕事をこなし、ソソクサと飯を食い、また次の仕事先へと地下鉄に乗り、…

暑くて怠いな、帰りたいなと思う頃には大詰めで、あとはまたさ、一気にこなして。

当たり前の毎日を、当たり前のようにすごし、けどホントはいつも俺らしさに溢れていて、嫌ってるヤツからしたら悔しいくらいに俺は俺で。

勝ち負けなんて馬鹿なことは考えないで、自分だけの価値観で生き抜いて、

当たり前の毎日でも、帰り道はぐったりするくらい、毎日歩いたら、信念はそこにあったといつか気づく日もくる。

気づいたら、後は、疲れたり傷ついて何もしたくなくて、誰かにすがりたいのに誰とも話せなくて、そんな日はいつでもそこに帰ってきたらいいよ。

俺は…
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何か他に心配事があって、その事でアタマが一杯になり、正に自分のことのように思い悩む。
散々と心配し尽くした挙げ句、まともな解決策はなかなか見つかりはしない。

あれやこれやと部屋中の棚を漁り、散らかった部屋の中にポツンと一人、自分がいるようなイメージ。
探し物は見つからない。

取り残された自分自身と共にあるのは、ただひとつの本質めいた問い掛けである。

それで、お前自身はどうする?

何でもうまくはいかないし、何でも思うように結果をコントロールすることはできない。
それを踏まえた上で、結局は自分の対応ひとつであることに気づく。

大切な人たちがいる、守りたいと思う、しかしどういう状況であれ、自分自身がしっかりしていなければ、アタフタしても仕方がないのである。

常に、自分自身に答えを求めよ、自分自身が知っている。


気づきのキッカケは外からもたらされようとも。



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