つい最近、あることから人の中にある仏を観察することを始めました。この観察は、今までと全く違った視座で観察することになります。これがとても面白い。 以前、急病の私を病院へ連れて行こうと 家の前に車を止めていると隣のおばあさんが ここに止めると危ないと文句を言いに来ました。 救急車を呼べばいいじゃないかと。 公道だし、おばあさんの言うとおり子供にとって危険。 こういう人がいるからこの地域がゴミだしもきれいで 全体が安全で安心できるのだろうと納得してました。 でも、気持ちはそれどまり。 この観察をすると おばあさんと関わったその意思をうけついだ人たちが 世の中を不正だらけにしないのかもしれない。 社会の秩序を保つために遣わされた魂かも、、、とか そう思うと拝まずにはいられなくなります今まで気づかなかったようなことが観えるようになり相手の幅が広がるんです。まだはじめたばかりなのですが、この観察は自分の心まで豊かになれてこれを続けていると人との関係にますます深みが増していきそうです。先日、知人と相手の問題点ばかりをあげている人の話をしました。その人の話す内容は、確かに正しいのですが相手も相手なりの理由があるでしょう。 (相手のほうの理由は聞いてないのでわかりませんが)でも、視点が相手の気に入らないところばかりだとそのようにしかならないし、相手との関係も壊してしまいかねません。人の行動は無意識のうちにするものが98%ともいわれてます。意識的に出来るのはほんの少し。そのため、観る焦点が悪いところ、気に入らないことばかりにあると、無意識のうちにそのことに陥ってしまうのです。良くしたいなら、心豊かに生きたいならそうなれるような焦点に変えるといいでしょうそして、相手を見るときはいろいろな視点というだけじゃなく立場や観る姿勢も含む視座も(^^)(写真:羽藤由香)ポチっといただけると嬉しいです♪ 励みにさせていただきます↓↓人間関係 ブログランキングへこのネットの中の≪峠の茶屋≫FBバージョンでは来て下さった方々とのやり取りが垣間見れます。お気軽に遊びに来て下さると、嬉しいです
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