4月娘は進級して3年生になった。幼稚園からの本や作品、小学校に入ってからの教科書・ノートで娘の部屋の収納スペースが限界に達して、妻が廃棄、段ボール保存等分別作業を行い、3年生の真新しい教科書とノートが娘の部屋に収まった。それと入れ替えに追い出されてしまったのが保育園・幼稚園時代の思い出の品の数々。背が届かない高い空きスペースが、いつか娘が成長して、遠い昔の成長の記録を思い出すために、タイムカプセルのように保存しておく場所だ。いざ収納しようとした時、娘から待ったがかかった。せっかくしまった作品集を段ボールからひとつづつ丁寧に取り出して、食い入るように見ている娘。「昔はこうだったんだね」 そう呟く娘に、妻と私は、「その頃のりーちゃんはね・・・」と当時の思い出話、失敗話を始め、気がつくと3人が思い出の品を取り囲むようにして思い出話に花を咲かせた。気がついたことは、子供の成長は、既に大人になってしまった親が一番良く分かり、その時々の成長はに手応えを感じている。しかし、子供にとっては、その瞬間瞬間が、人生の最先端で必死に日々暮らしているので、その時自らの成長に手応えを感じてないはずなのだ。ようやく8歳になって、読み書き話も大人に近づいてきて、幼いころの自分を見て、成長の足跡を初めてしっかりと自覚したのではないだろうか。そのことは、日々最前線で暮らす娘には、毎日しっかりと暮らしていくことが成長する自信を促すことだろう。娘の作品は、親にとっては成長してきたの証であるが、子供にとっては、それ以上にこれから成長していく糧なのである。せっかくしまいかけた娘の思い出の品の数々であるが、しばらく段ボ-ルに入れたまま部屋の隅に置くことにした。日々前に進んで行く娘の後には沢山の足跡がきっとできているはずだ。遠く娘が先に進んで行きどんどん離れてこれらの足跡が娘から見えなくなったその時にそっと団ボールをしまうことにしよう。次にこの団ボールが開かれた時、その時は思い出の品は文字通り「思い出」になるはずだ・・・。-E-
...