一昨日のワラタネ交流会のグループミーティングで、さっぱり会話に入れなかった私。
不登校の当事者ではありますが、かなり昔のことなので当時の心境を忘れてしまっていました。(現在不登校の子どもを持つ親御さんには、辛く聞こえる言葉ですが)
自分の不勉強さを反省して、Amazonで野村さんの本「カナリアたちの警鐘」を注文しました。("カナリヤ"ではなく"カナリア")
不登校・ひきこもりを体験した人間ならば、そういう生き方を選んだ(選ばざるを得なかった)以上、好むと好まざるにかかわらずその体験から得たものを発信する義務が、あるのかもしれない。
また話は飛びますが、私は基本的にインターネットではひきこもり等の検索はしません。特に掲示板などは、聞くに堪えない罵詈雑言が飛び交っているのを知っているので、ネットで自分をさらけ出すのは危険だと感じていたからです。
ただ、それでもごくまれに気まぐれで検索してみたところ、ある掲示板でこういう書き込みを見ました。だいたいこんな文章でした。
”私は船乗りの学校に通っていた。実習はすごく厳しかった。いじめもあった。でもそれをみんな乗り越えて強くなった。
ひきこもっているあなたたちは「逃げ」のカードを使ったことを忘れないでください。”
どの罵詈雑言より効きました。どんな言葉でも論破不可能。今でも私はこの言葉を十字架のように背中に背負っています。おそらく一生この言葉に打ち勝てることはできないだろうとは思います。
本当はここに書くべきではなく私の心の中にしまっておくべきだったかもしれません。ただ、ひきこもりの当事者としてひきこもりのことを何か書くとしたら、真っ先に浮かんできた記憶でした。ここを起点にしてこれから考えていこうと思います。