さっき、しんますさんの動画が更新されていたので見ました。
その中で、しんますさんが、自分のことを文章に書いたり、講演を頼まれて話をするうちにいろんな人からレスポンスをもらい、それが励みになったと書かれていました。
しんますさんは動画の中で「言語化」という言葉を使っていますが、これは非常に大切なキーワードではないかと思ったので忘れないうちに書いておきます。
自分のことを「言語化」する、これは文章を書くだけでなく、他の人に自分の思ったことを聞いてもらうこともそうですが、自分を客観的に見ることができて、考えがまとまります。
ここでふと気がついたのですが、ひきこもりの当事者が、他者に自分の思いを伝えることができれば、これはもう厳密には「ひきこもり」ではないのではないか、と思ったのです。
他者に自分の思いを伝える、これは「対話」の第一歩です。私は、ひきこもりのゴールは働くことではなく他者と繋がることだ、とインタビュー等で言ってきましたが、対話という言葉がシンプルにしっくり来ます。
もっとも、場所と相手は選ばないといけませんが、ひきこもりの人が安心して対話できる場がもっと増えればいいと思います。働くというのは二の次です。まずひきこもりの人の思いを無条件に聞くこと、ここからはじまるのではないでしょうか。
「対話さえ続けば、あとはなんとかなりますから!」
(まんが やってみたくなるオープンダイアローグの表紙帯より 斎藤環の言葉)
