幸せを実感するといろいろな疑問に答えが出てくる。

あくまで僕が感じたことで押し付けたりしているわけではないので・・・・・・・・

素敵な品物に出会ったとする、丹精込めて作ったのが感じられる。
一万円したとする、自分のポケットには仕事を頑張って稼いだ一万円それも心を込めて仕事をしたのである。
価値は一万円かもしれないが魂の入った品物には心を込めた一万円札を出したい。
どこにでもある一万円札だが僕がだした一万円札はプラス心があるという思いをこめて気持ちよくだしたい。
と怒鳴っていたのは先日、行った2丁目の飲み屋で怒鳴っていたママさん(戸籍は男)。

23歳の時凄い失恋をしました。
ヤケになり新宿でホストになり浴びるように飲んだ飲んだ。
入店2日目で太い客がついた。
歌舞伎町に何棟かのビルを持つおばさんだった。
ぽっちゃりした体型にシャネルスーツを着ていた。
ハイヒールの音を立て螺旋階段を下りてくる姿はちょっと滑稽だ。

このおばさん金はアホのように持っている。
これからの自分の波に起きる出来事に不安と微かな期待がぼくの冒険心を駆り立て、
そしてどうなってもいいという投げやりな気持ちが考察していた。

                                                                                                                           つづく
何十年もそんなことを考えながら生きてきたのである。

なんどか辛くて本当に実行しようとした時、思いとどまった理由は「このままでは終われない」だった。
人によるが僕は辛い時は生きる気力が湧いてきた。

いまはなにもかもスッキリしているこの状態こそが死期がせまっているのかもしれない。
いま、このまま亡くなっても思い残すこともないほど晴々とした気分だ。
我ながら悟っている。

この先、生きていても良いことしか起きない気がしてならないのである。
気持ちが良い状態の時は嫌なことがあっても大したことないのである。