05月27日(5日目)② 宮城県松島町の続き
被災地も、津波でやられてしまった島も人工物も自然物も
船に乗らないと見れないものがあるってことで
遊覧船に乗って
実際、島や島の街が遠くから見れたりもしたけど
前日まで、特に前日
散々なほど変わり果ててしまった街を垣間見て来て
随分と喰らってしまっていた俺達には
この街は、ことのほか
癒しの空間にもなった。
以下、船に寄って来るカモメと戯れ出す2人
とかから
松島町画像の続き。









遊覧船にに乗る時にもらった紙には
こんなに載ってなかったな。
本当はこんなに島があるんだって。


すごーくうまかったかど
やっぱりもう、ここらへんの海産物も全部やられちゃって
どこかから取り寄せてるみたいだ。
でも地元の人達は負けずに
来年の復活に向けて、もう動き出してるんだって。



船で流れていたアナウンスは
被災前からと変わっていなかったっぽくて
結果、船に乗っても
どの島があって
どの島がなくなってしまったのか
どの島の形が変わってしまったのか
ぶっちゃけ全然わからなかった。
で、降りてからまた近くにいた現地の人に話を聞いたら
変形してしまった島はあるけど
なくなってしまった島とかはないっぽくて
一安心した。
前日までがものすごすぎたからなのか
ぶっちゃけ、松島の被害は
最初はそんなに大きくないように思ってしまった。
衝撃的なものを見すぎて
感覚が狂ってしまったんだと思う。
でも、現地の人と話しているうちに
やってたお店も、建物の中身は、
波でさらわれてなくなったりしたけど、
頑張って取り寄せて、ガッツで営業再開したのを聞いて
改めて
この津波の被害の大きさを知ると共に
現地の人の逞しさを知った。

身動きがとれる人は
是非、松島に行こーね。
街の復活に貢献も出来るし
今回の被害も知って
考えさせられる事もあると思うし
癒されるし
勇気も元気ももらえる。
観光所も
頑張って営業再開してるよ。
で、俺達は

海沿いの海鮮定食屋さんでご飯を食べて
次の街へ向かった。
続きはまた日中に。
リハスタ行ってきまーす。

船に乗らないと見れないものがあるってことで
遊覧船に乗って
実際、島や島の街が遠くから見れたりもしたけど
前日まで、特に前日
散々なほど変わり果ててしまった街を垣間見て来て
随分と喰らってしまっていた俺達には
この街は、ことのほか
癒しの空間にもなった。
以下、船に寄って来るカモメと戯れ出す2人
とかから
松島町画像の続き。









遊覧船にに乗る時にもらった紙には
こんなに載ってなかったな。
本当はこんなに島があるんだって。


すごーくうまかったかど
やっぱりもう、ここらへんの海産物も全部やられちゃって
どこかから取り寄せてるみたいだ。
でも地元の人達は負けずに
来年の復活に向けて、もう動き出してるんだって。



船で流れていたアナウンスは
被災前からと変わっていなかったっぽくて
結果、船に乗っても
どの島があって
どの島がなくなってしまったのか
どの島の形が変わってしまったのか
ぶっちゃけ全然わからなかった。
で、降りてからまた近くにいた現地の人に話を聞いたら
変形してしまった島はあるけど
なくなってしまった島とかはないっぽくて
一安心した。
前日までがものすごすぎたからなのか
ぶっちゃけ、松島の被害は
最初はそんなに大きくないように思ってしまった。
衝撃的なものを見すぎて
感覚が狂ってしまったんだと思う。
でも、現地の人と話しているうちに
やってたお店も、建物の中身は、
波でさらわれてなくなったりしたけど、
頑張って取り寄せて、ガッツで営業再開したのを聞いて
改めて
この津波の被害の大きさを知ると共に
現地の人の逞しさを知った。

身動きがとれる人は
是非、松島に行こーね。
街の復活に貢献も出来るし
今回の被害も知って
考えさせられる事もあると思うし
癒されるし
勇気も元気ももらえる。
観光所も
頑張って営業再開してるよ。
で、俺達は

海沿いの海鮮定食屋さんでご飯を食べて
次の街へ向かった。
続きはまた日中に。
リハスタ行ってきまーす。

05月27日(5日目)① 宮城県松島町
5日目は松島町から開始。
以下、宮城県松島町の画像。

松島海岸駅は無事だったけど


駅付近の道や店はやられていた
仙台で夜が明けてすぐ戻ってきて
松島町民とあれこれ会話していたら
この場所にも2~3メートルくらい津波は来ていて
何個かなくなったり流された島もあるって話を聞いて。
で、遊覧船をすすめられて
始発まで待って乗る事にした。


更に6百円かそんぐらい出せば
見晴らしの良い2階に行けるよって商売に乗っかって
2階へ。




2階は、ほぼ貸し切り状態だった

このラインを一周した。らしい。
ここに書いてない島もいっぱいあったし
すごーくわかりずらかった。


ジオ嵩


船内で流れるアナウンスで
色々説明はしてくれているんだけど
わかりにくい中
この島はわかりやすかったかな


被災している街も見えたりした。
最近は、何島だったかは忘れちったけど
離島で暮らすのが人気だったりもしたみたいで
都会から移住して暮らしている人も
多かったみたいだ。
命の無事を祈ります。
松島町、続く。
以下、宮城県松島町の画像。

松島海岸駅は無事だったけど


駅付近の道や店はやられていた
仙台で夜が明けてすぐ戻ってきて
松島町民とあれこれ会話していたら
この場所にも2~3メートルくらい津波は来ていて
何個かなくなったり流された島もあるって話を聞いて。
で、遊覧船をすすめられて
始発まで待って乗る事にした。


更に6百円かそんぐらい出せば
見晴らしの良い2階に行けるよって商売に乗っかって
2階へ。




2階は、ほぼ貸し切り状態だった

このラインを一周した。らしい。
ここに書いてない島もいっぱいあったし
すごーくわかりずらかった。


ジオ嵩


船内で流れるアナウンスで
色々説明はしてくれているんだけど
わかりにくい中
この島はわかりやすかったかな


被災している街も見えたりした。
最近は、何島だったかは忘れちったけど
離島で暮らすのが人気だったりもしたみたいで
都会から移住して暮らしている人も
多かったみたいだ。
命の無事を祈ります。
松島町、続く。
4日目→5日目
出発から4日目のこの日は
岩手県の陸前高田市から南下して
昼頃、宮城県に入り
気仙沼市
↓
南三陸町
↓
女川町
↓
石巻市
↓
東松島市
最後は宮城県松島町に入って
海沿いで通行止めにあった所で日が暮れた。
明日に備えて休む場所を探している途中に
地元からの付き合いな先輩が
今は仙台に住んでる事を思い出した。
連絡を取ったら
「うちで休んでいいよ」って言ってくれて
多賀城市
↓
仙台市に移動した。
で


最寄り駅に着いて
家にお邪魔して
風呂を借りて
被災地の被害状況が載っている雑誌とか
見せてもらって

子供と戯れて
お酒をごちそうになって
飲み足りないぞこのやろーってなって
仙台市の繁華街

国分町に移動した。

そのネーミングはどーなの?

ごちうそうになった。感謝。
で この顔

この時、出発から約1,700キロ。
日中ずっと動いてるのにって考えると
あんまり進めてないってのは
そんだけ妥協しないで
じっくり向き合ってる証拠だなーと実感した。
メンバーにも感謝。
ダイスとケージェーは途中で
東京チームと曲のやり取りとかブログアップとかの作業で
ネットカフェに移動した。
俺は先輩と結局朝方まで飲んで
うだうだしてたら朝になった。
日の出と共に
前日、日が暮れた東松島市の場所まで移動して
5日目開始。

岩手県の陸前高田市から南下して
昼頃、宮城県に入り
気仙沼市
↓
南三陸町
↓
女川町
↓
石巻市
↓
東松島市
最後は宮城県松島町に入って
海沿いで通行止めにあった所で日が暮れた。
明日に備えて休む場所を探している途中に
地元からの付き合いな先輩が
今は仙台に住んでる事を思い出した。
連絡を取ったら
「うちで休んでいいよ」って言ってくれて
多賀城市
↓
仙台市に移動した。
で


最寄り駅に着いて
家にお邪魔して
風呂を借りて
被災地の被害状況が載っている雑誌とか
見せてもらって

子供と戯れて
お酒をごちそうになって
飲み足りないぞこのやろーってなって
仙台市の繁華街

国分町に移動した。

そのネーミングはどーなの?

ごちうそうになった。感謝。
で この顔

この時、出発から約1,700キロ。
日中ずっと動いてるのにって考えると
あんまり進めてないってのは
そんだけ妥協しないで
じっくり向き合ってる証拠だなーと実感した。
メンバーにも感謝。
ダイスとケージェーは途中で
東京チームと曲のやり取りとかブログアップとかの作業で
ネットカフェに移動した。
俺は先輩と結局朝方まで飲んで
うだうだしてたら朝になった。
日の出と共に
前日、日が暮れた東松島市の場所まで移動して
5日目開始。
