以下抜粋しました。
謙虚さだいじやね

まだ当時はハイスタとかそういうメロコア系のバンドをやっていて、ヴィジュアル系なんてのには一切興味が無かったんだけど、一年程経った時にバンドが解散。友人のバンドでサポートとしてギターを弾き始めた。そのバンドがヴィジュアル系だった。
結局、それ以降バンドを引退するまでこのヴィジュアル系バンドに正式メンバーとなり活動していた。
アマチュアとは言え、本格的にバンドをやっていればそれなりにコネも出来るし、テレビで見ていた有名バンドのメンバーさんや芸能人なんかとも関係を持つ事も多々ある。
僕らは衣装をLUNA SEAの衣装も担当していた衣装さんに自分達専用の物を作ってもらっていた。
X JAPANのYOSHIKIさんが立ち上げたレーベルのエクスタシーレーベル界隈の先輩にもかなりお世話になった。
結構本格的にバンドをやっていたので、当時仲良かったバンドや共演していたバンドの中には売れて有名になったバンドも幾つかいる。
その中に「ゴールデンボンバー」がいた。
当時、一緒のイベントに出演していた彼等を見に来るお客さんは僕らのバンドよりも少なかったし、何より演奏しないエアバンドなんて…そう思っていたのに、あれよと言う間に2年3年経ったら紅白出場までするようはバンドになってるもんだから大したものだと思う。
確かに彼等のライブはステージ演出やネタ等、かなり作り込まれていて当時からかなり面白かった。
だけど、しっかりとバンドとして演奏もきっちりこなしてる僕等から見て、演奏しないエアバンドなんて…と、かなり邪道に見えた。正直に言ってしまえば一緒のイベントに出演する度に
「こんなバンド売れるわけがねぇ」
そう思っていた。
供述した通りだが、当時の彼等は僕等のバンドよりもファンの数、ライブにおける動員数が少なかったし、バンドの本質である演奏をちゃんとしないバンドなんてありえない。唯一、ボーカルの鬼龍院翔クンだけは、歌も当時から上手かったし、作曲センスも凄かったから彼だけは認めていた。おこがましい話ではあるが。
しかし、バンド全体で考えれば演奏せず、パフォーマンスやお笑い的なネタにばかり重点を置くスタイルに正直言って嫌悪感を覚えていた。
そして、そういった邪道的なゴールデンボンバーのスタイルに嫌悪感を覚えていたのは、僕等バンド側だけでなく、僕等のファンの子達ですら嫌悪感を感じていた。
それも当然だと思う。バンドの本質は生演奏であり、いくらビジュアル系とは言え、ライブハウスに来るお客さん達である。
最近でこそ、ビジュアル系のライブハウスも地下アイドル系であったり、ゴールデンボンバーのようにカラオケ的にiPodやCD等流して歌っているバンドやアーティストも少なくは無いが、当時は今よりもそういった所謂「カラオケ」的なスタイルは極めて少数だったし、ライブハウスに通うお客さんも「生演奏が常識」「演奏しないバンドはバンドじゃない」、そう考えてる人が殆どだった。
そこに彼らのような異端なスタイルが現れた所で、出演者もお客さんも嫌悪感を抱き、中々受け入れ難いのは当然の事だったと思う。
誰もやって無い新しい事をすれば叩かれるのだ。
あの当時のゴールデンボンバーを知る人は誰しもが
「売れるはずが無い」
そう思っていた。
だけど違った。
誰もやらない新しい事をしても、叩かれ無い程に抜きん出てしまえば、新しいジャンルのパイオニアになる。
ゴールデンボンバーは地道なライブ活動と、作り込まれたクオリティーの高いネタやライブパフォーマンスで着々とファンを広げていった。
彼らの謙虚な姿勢もファンがつく要素の一つだったかもしれない。
今でもテレビ等、メディアに出演する時の彼らに天狗さの欠片も感じない。常に
「いや…僕らなんて色モノですから…」
そんな感じだ。
常に腰が低い。特にボーカルの鬼龍院翔クンは本当に腰が低い。
最初に会った頃もそうだった。
神楽坂にあるエクスプロージョンというライブハウスで対バンした時だった。
彼らのリハーサルを少し見てエアバンドだとわかった途端、僕は
「見る価値無し」
そう判断してジョナサンにメンバーと一緒にメシを食いに行った。
エクスプロージョンの楽屋は非常に狭い。そもそもライブハウス自体が狭いのだ。無理矢理に屋根裏部分に4人程入れるスペースを作って楽屋と呼んでいるような物だった。本当に屋根裏部屋みたいなもので、立ち上がる事もままならない、中腰でかろうじて天井に頭がつかずに済むくらい天井も低かった。
そんな楽屋と呼べないような楽屋を出演する5、6バンドでシェアするわけである。
僕らのバンドは5人。加えてヘアメイクスタッフが2人いる。計7人だ。
既に僕らだけで楽屋は定員オーバー。
そんな場所でメイクなど出来るはずも無い。何より出演までの長時間、そんな場所に待機するなんて苦痛すぎる。
僕らは機材車で飯田橋のカラオケ屋に移動し、そこでメイクをし、出演までの時間を待つ事にした。
僕らの出演はその日のイベントのトリ前。ゴールデンボンバーは僕らよりも前の出演だった。例によりリハーサルの段階でエアバンドだと嘲笑し、全く眼中に無かったので彼らが何番目の出演だったかはまるで記憶していない。
当然、彼らがステージをやってる時間はカラオケ屋でメイクしていたので、一切彼らのステージを見る由も無い。無論、当時は全く見る気も無かったが。
完全に馬鹿にしていたんだと思う。彼らがエアバンドであるという理由だけで。
出演時間も迫り、ステージに備える為、ライブハウスに戻り、彼らと顔を合わせた際の挨拶も、彼らが丁寧に
「おつかれさまです」
と言ってくれてるのに対し
「ちゃす」
と、完全に舐めた挨拶で返していた。しかもかなり無愛想。
正直、人として終わってると思う。あの頃の自分を今目の前にしたら、魚民でホッピー片手に4時間は説教してると思う。
あの頃の僕は尖っていたのだ。本当に申し訳ない。
そんな、彼らのステージも見ていない舐めた態度の僕らに対し、僕らのステージが終わってから彼らは
「あの…凄いかっこよかったです…。これよかったら貰って下さい…。」
と、完全に怯えた様子で話しかけてき、当時彼らが物販で売っていた彼らのバンドロゴ入りのライターを大量にくれたのだ。
再三言ってるが、当時彼らがこんなに売れるなんて思ってもいなかった。
ヘビースモーカーであり、飲みに行けば十中八九ライターを無くす僕である。湯水のようにゴールデンボンバーのロゴ入りライターをぞんざいに使いまくった。
あの頃の僕をハンマー的な何かで殴打したいくらいだ。バカ丸出しで何も考えずゴールデンボンバーライターのガスを消費しまくり、ガスが無くなれば魚民や和民のテーブルに放置していった。
ライターが無いと言った友人にも
「使えば?」
なんて気軽に渡しまくっていた。
気がつけば大量にあったゴールデンボンバーライターも一つ残らず手元から無くなっていた。
今ヤフオクなんかに出したらそれなりの値で売れたんだろうなぁ…と本当に後悔してる。
あんなに謙虚で俺らのステージが勉強になると言ってくれた翔くん。
なのに、今や彼は誰しもが知ってる有名人。俺はただの飲食店のオッサンになってしまった。
なんだか彼らをテレビで見ると少々複雑な気分になってしまうのである。