ご無沙汰を致しておりました。
やっぱり暑くなってきましたよね。
お盆休みなのですが、
日中は何もする気にならないので
そういえばブログ・・・、と
思い出した次第(^_^;)
少し前の話、
Twitterでの横尾忠則さんのつぶやき。
「最初から観念があるのではなく、
描く途中で絵が発する観念によって思考が固まると、
その思考を再び絵に返すことによって
不思議な交流が始まることに気づいた。
自分と絵の対話だ。」
はたと、
思い当たるふしが。 (生意気にも)
ギターを作っているなどと言うと、
よくいろんな人に
「木と対話されるんでしょうね」
などと言って頂くことがありますが、
こっちはと言えば、
「はぁ? 対話だぁ?
そんなことできるわけねえじゃん(+_+)
仙人じゃあるめぇし・・・
できるもんならやってみてぇわ(`Δ´)」
ってな気持ちでした。
材料の木を前にすると、
当初頭の中でイメージしていたものと、
強烈なズレを感じることが多い、
というか、ほとんどがそう。
自然のものである木は
人間の思惑通りに形を変えることは
厳密には有り得ないのかと。
妥協点を見つけるような形で、
ギターとして成立するポイントを模索するような作業。
迷いに迷った挙句、
形にならずに途中で放置したものが多数ヽ(;´Д`)ノ
しかしこれも、
アプローチの仕方によっては、
新しい展開が見込めないわけでもない。
木が発する観念
それをどう感じ、どう対処していくのか、
まだまだ未熟ながら
それが対話という事であるならば、
それはそれで結構楽しい。
出来上がって、
弦を張るまでどうなるか分からないから
面白いんだよね。