木こりのよもやま話 -20ページ目

木こりのよもやま話

ギター作ったりしながら、のんびり生きてます。

ご無沙汰を致しておりました。

やっぱり暑くなってきましたよね。

お盆休みなのですが、
日中は何もする気にならないので
そういえばブログ・・・、と
思い出した次第(^_^;)


少し前の話、
Twitterでの横尾忠則さんのつぶやき。

「最初から観念があるのではなく、
描く途中で絵が発する観念によって思考が固まると、
その思考を再び絵に返すことによって
不思議な交流が始まることに気づいた。
自分と絵の対話だ。」



はたと、

思い当たるふしが。    (生意気にも)



ギターを作っているなどと言うと、
よくいろんな人に

「木と対話されるんでしょうね」

などと言って頂くことがありますが、
こっちはと言えば、


「はぁ? 対話だぁ?
そんなことできるわけねえじゃん(+_+)
仙人じゃあるめぇし・・・

できるもんならやってみてぇわ(`Δ´)」


ってな気持ちでした。



材料の木を前にすると、
当初頭の中でイメージしていたものと、
強烈なズレを感じることが多い、
というか、ほとんどがそう。

自然のものである木は
人間の思惑通りに形を変えることは
厳密には有り得ないのかと。


妥協点を見つけるような形で、
ギターとして成立するポイントを模索するような作業。
迷いに迷った挙句、
形にならずに途中で放置したものが多数ヽ(;´Д`)ノ

しかしこれも、
アプローチの仕方によっては、
新しい展開が見込めないわけでもない。


木が発する観念
それをどう感じ、どう対処していくのか、


まだまだ未熟ながら
それが対話という事であるならば、
それはそれで結構楽しい。


出来上がって、
弦を張るまでどうなるか分からないから
面白いんだよね。