
整形外科からS病院の皮膚科にも行き、それから
東京都写真美術館に行く。
「ヨセフ・クーデルカ:プラハ1968」
1968年8月、プラハで何があったのかは、
知らなかった。
展覧会を観ていくうちに、状況がなんとなくわかってきて、
今、福島の原発の問題でおかれてるこの日本の状況と、
重ね合わせて観てしまう。
街の人々の困惑した表情。
戦車に乗った軍人の困惑した表情。
何だったんだろう。
しかしクーデルカの写真は生きてる。
それはやはり、取材しているというよりも、
自分もプラハの市民で、自分の事だったからだ。
プラハの人々は約20年後、
静かに革命を果たす。
その頃、既にクーデルカは西側に亡命していた。
展覧会での映像の中に本人が写っているが、
憧れのヨセフ・クーデルカは超現場人間風で、
歩きつづける放浪者の視点はこの頃から。
“写真家の良心“と言われるひとが、
いる。

