毎年、節分の日は日本中が
「鬼は外、福は内」と叫び
豆を投げる習慣がありますが
なぜ皆そんな事をしているのか
本当の理由を知って豆まきを
されている方とゆうのはほんの
ひと握りで、その原点はほとんど
知られていません。
現代では、かの有名な「鬼〇の〇」
でもそうですが、鬼は ”悪” とゆう
位置づけをされています。
豆まきのホントの理由を知れば
きっと来年から日本中の豆まきの
台詞が変わるのではないでしょうか。
本当の理由を知られては困る存在
達がひた隠しにしてきた真実が
ようやく日に当たるときが来ました。
【 はじまりはじまり~
】
むかしむかし、今から3000年ほど
むかしの出来事です。
もともと、日のもとを治めていた
のは太陽を司る神、
アマテラスオオミカミ(天照大御神)
の兄妹であるクニノトコタチノミコト
(国常立尊)とゆう神で、
”平和をこよなく愛する”
(=決して争いはしない)
平和主義で、良し悪しの判断が
たいへん厳しく、厳格な性格の
持ち主でした。
そしてクニノトコタチノミコトの
元のお姿は、
こんじきの龍で、強大な力を持って
いた龍神さまでした。
ある日、南からやってきた
” アメノサグメ ”(天探女)
とゆう女神は、以前から
クニノトコタチノミコトの事を
良くは思っていませんでした。
※(クニノトコタチノミコトが厳格な
性格なので、あいつのせいで
好きなことが出来ない、じゃま
だなと思っていた)
そしてアメノサグメ一族は、
自分達にも日のもとを治める
権利を渡して欲しいと主張し、
明け渡さなければ血で血を争う
戦いになると迫り、
クニノトコタチノミコトは
誰も傷つけられたくない、
争いを避けたい思いから、
大変思い悩んだ末、
「 いつかこの国を返してほしい」
と約束をし、明け渡すことにしました。
そしてクニノトコタチノミコトは、
陽の当たらない山の蔭、森の奥
へと追いやられ、東北の鬼門である
うしとらの方角の、とある北海道の
山中の大きな岩戸の奥に、
結界を張られ封じ込められて
※後に、鬼門の方位に位置する神
とゆう意味で「うしとらの金神」として
大変恐れられました。
そしてクニノトコタチノミコトは
”いつになったらこの国を返して
くれるのか”と問い正したところ、
封じ込めた一族は
『 出て来るな、煎り豆に
花が咲くまで出て来るな 』 と
言い放ったのです。
煎り豆とは火が通った豆ですので
花が咲くはずがありません。
もう一生出て来るなとゆう意味
なのです。
これが後に風習として残ったのが
現在の豆まきなのです。
煎った豆を鬼に向かって投げつけ
『鬼は外』 と叫んでいますが、
この『 鬼 』とは、岩戸に封じこめ
られたクニノトコタチノミコトの事
です。
クニノトコタチノミコトが二度と
この世に出て来れない様に
ミコトを 『 鬼 』 と呼び
” 国の外へ出ていろ ”
といゆう意味で、
『 鬼は外 』 とゆう ” 言 霊 ” にして
呪いの言葉を代々3000年もの間
人々に言わせ続けていたのです。
この言霊を国民のほとんどが
言っているんですから、ものすごい
威力ですよね。
こうやって皆、知らず知らずの内に
光の神を封印し続けていたのです。
このことを知っている日本の一部
の地域の人たちは、昔から
『鬼も内、福も内』
と言って豆まきをしています。
そして2022年の現在、封じ込め
から3000年の時が経ち、間もなく
ある事が起ころうとしています。
次号では、
封じ込めによって起こってしまった
地上での災難や、3000年の間に
クニノトコタチノミコトがしていた
意外な事実と、まもなく起こる事
についてお話ししたいと思います。
ちなみに。
クニノトコタチノミコトを嫌っていた
アメノサグメ(天探女)ですが、
人の心を探る事が得意な女神で
ある時、天に告げ口をしたことから、
後に天邪鬼(あまのじゃく)と
呼ばれるようになったそうです。
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