ある春の日、炉辺荘の芝生に黄水仙が風にゆれ、虹の谷を流れる小川の岸に白と紫のすみれが甘く香るころ、グレン駅に午後の小さな普通列車がのんびり入ってきた。
その汽車に乗ってグレンにくる客は非常に稀であり、出迎えの者はいなかった。
ただ、新任の駅長と、黄色と黒の小さな犬がいるだけだった。
その犬は4年半の長きにわたって、グレン・セント・メアリ駅に蒸気をあげて入ってくる列車を、ひとつ残らず出迎えてきたのだ。
この犬は何千という汽車を迎えてきたが、ずっと待っている若者は帰ってこなかった。
それでも今なお、犬のマンデイは、希望を失わない目でじっと見守りつづけていた。
おそらくは、犬の心がくじけることもあっただろう。しかも犬は年老いて、リウマチになっていた。汽車が出ていき、また犬小屋へもどるとき、その足取りは弱々しかった。
今では、小走りにいくこともなく、のろのろ歩き、頭はうなだれ意気消沈した尻尾も、昔のように元気いっぱいに上がっていることはなかった。
一人の乗客が汽車からおりてきた・・背の高い男で、色の褪せた軍服を着て、かろうじて氣がつく程度に、片脚をひきずっていた。顔は日に焼け、額まわりの赤い巻き毛に、白髪がまじっていた。新任の駅長は、気になってこの男を見た。
軍服姿の若者が汽車からおりてくるのは見慣れていた。にぎやかな群衆が出迎える者もあれば、この男のように、帰郷を知らせなかった者は、ひっそりと静かにおりてくることもある。
だがこの兵隊の態度と風貌には、ある種の風格があり、駅長は興味をひかれ、この男は何者だろうと、多少の関心をよせた。
黄色と黒のものが駅長のわきを、すっ飛んでいった。犬のマンデイは体がこわばっているだって?・・犬のマンデイはリウマチだって?信じられない。犬のマンデイは歓喜のあまり若返り、狂ったようになった子犬だった。
マンデイは、背の高い兵士に飛びついた。吠えても、喜びのあまり、喉がつまっていた。
マンデイは地面に身を投げだし、歓迎に喜び狂って、もがいた。
兵隊の軍服の脚によじのぼろうとして、滑り落ち、腹ばいになったが、激しい興奮のあまり、小さな体がバラバラになりそうだった。
マンデイは兵隊のブーツを舐めた。中尉は口元に笑顔を、目には涙をうかべて、ようやく小さな犬を両腕のなかに抱き上げると、犬のマンデイは軍服の肩に頭をのせ、吠え声とも、すすり泣きとも、つかない妙な声をあげながら、日に焼けた首をぺろぺろなめた。
2023年の写真より