母の歯医者に、またまた送り迎え。
先週、忌部神社で石川さんに教えてもらった、天武天皇の妃のお墓に行ってみることに。

忌部神社の裏にあるってことだから、すぐにみつかると思って。

そしたら、なんで?
偶然にも散歩中の石川さんがいた。

で、案内してくれることに。

神社のすぐ裏じゃなく裏山であり、山に分け入り、道なき道を15分は登ったよね。
蚊に食われたり、落ち葉で滑ったりしながら。

山の上にありました!
ひとりだったら、まずたどりつけないね。

天武天皇   中宮   摩耶姫だって。


円墳です。直径4メートルくらい。


わざと隠すように、誰にも入られないように道をわからなくしてある。
以前は入り口に看板があったそうだけど、今は無くされてるようです。

摩耶姫の二人の子供は先に亡くなっていて、彼女と天皇の血筋は残されなかったから、歴史から抹殺されようとしてるのかな?

そこを護るように、忌部神社が移されたのだとしたら・・・

宮中祭祀を担う一族が忌部一族で、表に出ず陰から天皇家を護るのが使命なら、ありえるよね。

忌部の忌は陰だという話もあるし?

お墓からは二軒屋の町が一望でき、景色のいい場所にあるんだよ。やはりね。

それにしても石川さん、毎日散歩で眉山を歩きまわってるとしても、二回とも偶然会うなんて、不気味〰。

摩耶姫さまが、私を呼んだのかなぁ。
一人で秘められた場所に埋葬されて、中宮でありながら忘れさられていくのが辛いのかなあ。

とにかく、小山の上にはやんごとない誰かの墓があるってわかりましたね。

きのべ山の卑弥呼の塚や、高槻の中臣鎌足の塚もそうだったもんね。

今度はどこに行こうかな。
南の海沿いに何かありそうだから、海南にしようかな。

秋には、私の所属する松茂町歴史民族資料館の史談会メンバーで、淡路に行く予定がある。先生の説明つきだから、楽しみだな。

学生時代は、歴史なんて何の興味もなかったのに、不思議なものですね。