私が 強烈なスタッフを雇ったことによって、毎日振り回され、、、打ちのめされ、、、非人道的なことを平気で繰り返し、、、心のない、、、勝手な、、、

と、話せばキリがないないけど、、、

この人の親はどんな育て方をしたんだろうか、、、と 悩んだりもした。



で、いきついたのが、 自己愛性人格障害 という障害だった。

やっと合点がいった。 普通の人間が太刀打ちできる相手ではなかったのだ。。。

正常な細胞がどんどん癌細胞に蝕まれていくように、、、エネルギーをえぐりとられ、、、

朽ち果てそうになる。 間違いなく精神的にやられてしまいます。

たぶん、本人は一生気が付かないし、一生認めないと思うけど。

そして、、、悲しいことに、、、その普通の人間にとって最大の天敵である 自己愛障害が、、、
自分の身内にもいることも 認めなければならなくなった。

元スタッフは、、、辞めていったので、、、ありがたいことに縁は切れましたが、、、

身内、、、姉は、、、一生続きます。。。。

一難さってまた一難、、、

でも、、、これに気が付いたことで、、、今までの姉の生きざまが、、、すべて納得できるのでした。

そして、、、私は、、、私の大切な息子を守るためにも、、、姉との接触を なるべく避けて生きていこうと心に決めました。

周りの兄弟、姉妹をみていると、、、本当にいつもうらやましかった。

お姉ちゃんって、、、もっと優しくて、、、大きくて、、、寛大で、、、、 甘えられるものだと思っていたのに、、、とんでもありませんでした。

彼女が今までに私に吐いた心無い言葉や 人をドン引きさせた行動、、、どれだけ家族に迷惑をかけて どれだけ 周囲の人を困惑させてきたか、、。。

母も父も「どうしてなんだろうか、、、」といつも悩んでいました。


私が忘れられない姉の発言、、、


高校生の時に、、、父型の祖父が心臓病で倒れ、、、うちで引き取り 父が率先して看病していました。 私も祖父が寝たきりになってしまったことは ショックでもありましたし、、、
時おり 時間があると 祖父の面倒をみていました。
その時は、父の献身的な介護の姿に心を打たれ、私も何かしなくちゃと、、、ただ自然にそう思っていたのです。
私は 姉と比べたら 成績も悪いし、勉強も嫌いだし、、、塾もサボったり、、、よく叱られていました。 かなりやんちゃな女子だったと思います。
スポーツが大好きで、、、友達が大好きで、、、仲間と過ごすことが何よりも楽しみでした。
なので、真面目で親にあまり逆らわない姉、成績の良い姉といつも比べられて、、、

なんで、同じお腹から出てきたのに、こんなに違うんだろうか とよく言われたものです。

でも、、、そんなことは気にしたこともなく、、毎日充実していました。

いいじゃん別に、、、私は私だよ。、、、って思っていました。

次女特有の要領のよさもあったのでしょうね。

そんな私でしたから、、、おじいちゃんの面倒を率先してみるなんて、、、ありえなかったんでしょうかね。

私にとっては、ごく普通のことだったんですけど。

ですから、母も父も喜んでくれました。

あんたも良いとこあるじゃない、、、と。

しかし、、、姉だけは違いました。

私は褒められたくてしたわけでもなく、、、素直に「おじいちゃん、、、かわいそうだな、、、」と思ってしまった、、、それだけなんですけど、、、

姉からは 信じられない一言を言われたのです。

「どうせ お金目当てなんでしょ」 、、、、と。

これには、一瞬 何が起こったのかわかりませんでした。

空耳かとも疑いましたし、、、、

言ったほうは覚えてないと思うのですが、言われた方は忘れません。

私は あまり姉に興味がなかったのもあって、、、姉の存在を気にしたことがありませんでした。
たぶん、、姉も自己愛性人格障害的な現象が現れたのは 大人になってからのような気もしますし。

なので、物心ついてのいきなりの姉の印象は ものすごい強烈に私の心に残っています。
言われた時の天気から 場所、 そのあとの私の失望感。。。
全て覚えています。 あまりにも突然のショックと驚きがあると、、、人間って言葉もでないし、、、頭の中が真っ白になってしまいますね。


そして、ある時 姉が、、、「私は 妹に負けたくない」 とも。 これはかなり大人になってからの姉の発言なので、、、妹としては ゾッとしたのを覚えています。
私に「勝つ」 って何? 何をもって「勝ち」になるの???
で、、、勝ってどうするの?

私は同じ仕事をしているライバルでもないし、、、まったく畑違いの仕事をしていたOLだし。




私が認識している 俗に言う「姉」のイメージが 覆されて、、、

かなりショックを受けました。

でも、、私は私の世界がありましたし、友人も沢山いましたし、、、夢もあって それに向けて頑張っていたりしていたので、、、向こうが気にするほど、私は気にならず、、、過ごしていました。

忘れられないのは ある日 夜中に義理兄から電話がきて、
「姉が舌を噛んで 死にたいといっている」 と、、、、

私は母を車にのせて、そこへ向かいました。

姉は泣き叫んで 半狂乱です。

理由を聞いて、また愕然、、、、たいしたことではありません。

それでこれかい???

と妙に冷静だった私がいます。

母はパニックになってましたが、、、私は平気。

「お姉ちゃん 何やってんの?どうしたいの?」  冷静に聞いた覚えがあります。

いい加減にしてよと言わんばかりの言い方をしました。

兄は 姉に 「バカ野郎 こんなこともうするなよ!!」 と抱きしめてましたが、、、

姉がまた その兄の言った 「バカ野郎」 にものすごい反応して

「私のことバカって言ったーーー。。。」 と また舌をかむのです。

その兄の言った「バカ野郎 」 の意味が 彼女には通じないのです。

よくありますよね。 死のうとする人に 「バカ野郎!死んで何になるんだ!考え直せ!」 とかって言いますよね。 ああいう意味の「バカ野郎」なのに、、、それがそうとれないんですよ。

だからよく 義理兄は 「彼女は頭はいいんだけど、話ができないんだ、、、、すぐに話がすり替わって、、、会話にならないんだ、、、 ごめんな、、、僕には何もできない、、、どうしたらよいのかわからないんだ」 と。

私も母も ただただ義理兄に詫びました。

義理兄も 「彼女を幸せにしてやれなくてすいません」 と言うのです。


そして、ある日、 姉が突然家出をしました。
結婚して何年か経っていて、、、
姉は実家の稼業を継いでいたので、義理兄は「マスオさん状態」です。

実家の家から少し離れたところに、うちの両親が用意した家に二人で暮らしていました。

私がスーパー銭湯で だらだらと湯船につかっていたら、、、

突然 呼び出しがかかり、、、

「なに????まさか 父か母が 倒れた?」

と半ばパニックになって、受付で電話をとると、、、、

母から

「お姉ちゃんが手紙残して 家出しちゃった、、、、早く帰ってきて」 と、、、

慌てて帰ると そこには 普段から物静かな義理兄と両親がうなだれていました。

手紙を読んでみると、、、そこには これでもかと言うほどの 義理兄の悪口と 自分がどれだけ辛いのか、、、便箋8枚に綴られていました。

親に対しても攻撃的な内容があったと思います。

それを読まされても、、、私も何もできませんでしたが、、、、

私はこう言ったことを覚えています。

お兄ちゃんの立場をなくすようなことをして、申し訳ありませんでした。
お父さん、お母さん、、、心配だろうけども、、、これは放っておくしかないと思うから、本人が自分の意思で戻りたいと思うまで、何もしなくていいし、迎えになんて行ってはだめだ。

もし、仮に お姉ちゃんがどこかで命を落としたとしても、、、、それがお姉ちゃんの天命だと思ってあきらめるしかない。

今は 何をしても無駄だし、、、、連れて帰ってきたところで、、、何も解決しないから、、、



と。


その日から 私は仕事から戻ると できるだけ夕飯の支度をして、義理兄に家に寄ってもらって食事を済ませてもらいました。

そうでない日は 義理兄はいつもセブンイレブンでお弁当を買って帰ってもらいました。

義理兄は一人では何もできない人だったので、、、正直 働きながら この人の妻をするのは大変だなとは思いましたが、、、とにかく 静かで おだやかで、、、人畜無害な人でもありました。

いつもありがとう、、、と 私の作ったものを食べてくれていました。


そんなことが3か月ほど続いて、、、姉がある日家に戻ってきました。

どうやら、ヨーロッパに家出してたそうですよ。

イギリスですよ。

姉がいない間の母と父の心労と、、、、自宅での商売があって、姉が担当していたお客様への対応に追われ、 義理兄のケアも含めて 

家族も限界でしたが、、、

何を言ってもだめだろうと、、、家族みんなで 黙って姉を受け入れました。

何か言って また半狂乱になられても困る、、、と言ったほうがよいかもしれません。

本当は大変だったのは 私たち側で、、、何があったから知らないし、知りたくもないけれど、、、

ともすれば 姉が最大の被害者のような振る舞いで、、、、

私たちは一体何なんだよ。。。と 声を大にして言いたかった。

ハレモノに触るような感じで 姉に接し。、。。。
また変な気をおこさにように 無難に接して、、、、
周りの気遣いに恐縮することもなく、、、
かわいそうな人になりきるわけですよ。

実家の商売を継いでいるからこそ、それでも周りは受け入れますけど、、、これが普通にお勤めしていたらどうなってるかわかってんのかな。。。。

私だけは 一人 冷たい態度をとっていたように思います。
優しくなんてなれませんよ。

そんなことが 昔あって、、、 その時の従業員にもずいぶん迷惑をかけたし、、、

その従業員もよく頑張ってくれていました。

従業員は 私が中学校の時から働いてくれていて、今でも実家の商売を支えてくれています。

しかし、、、姉が戻ってしばらくしてから、、、、

何事もなかったように 商売に戻りましたが、、、

その支えてくれていたスタッフを顎で使うし、、、みんなの前で怒るし、、、、
母のことも小ばかにして 罵るし、、、、

私には一言もないし、、、

義理兄は相変わらず立場のない状態においやられたままで、、、

よくもまぁ、、、シャーシャーと そんなことが言えるな、、、そんなことができるなと、、、

唖然と 姉をみてしまった記憶があります。


いづれ、ブログで書きますが、、、

その義理兄は 今から4年前に 亡くなりました。

その義理兄が亡くなるまでの過程も、、、本当にひどいものでした。

私は 姉が殺したぐらいのことを言わせてもらいたいぐらいに、、、義理兄はいつも追いつめられていました。 本当にかわいそうでした。
本来なら長男ですし、姉が本家の嫁として嫁がなければならないものを、、、
姉が実家の稼業を継ぐということで、、、無理やりお願いしたわけです。
婿ではないけれど、、、それなりに大変なポジションだったんですよ。

姉の義理兄への扱いは、ひどいもので、、、、(具体的なことはのちほど)

見かねた母と父が 「あの子はどうしてあんなになってしまったのか、、、本当に申し訳なくて、、、 娘は私たちに責任があるんです。だから 二人には子供もいないし、早く再婚して 幸せな家庭をつくってください」 と 時折泣きながら 話していたことを思い出します。

気が付けば いつも私も義理兄に詫びていたように思います。