愛車の譲渡
本当に『いい物』に出会ったり見つけた時、それが本当に『いい物』だよって人に伝えるにはどうしたらいいか。今日一年半乗っていたオートバイを職場の同僚に譲渡しました。
昨年末に私は中型免許を取得して、憧れていたDUCATIを乗り出しました。
今までは自動車の免許で乗ることのできる原付ではあったのですが、国産車に乗りたいと思える物がなかったので、PIAGGIO社のDNA50に乗っていました。
「そうだ京都行こう。」と思い立って国道一号線をひた西に走り15時間かけて横浜-京都三泊五日の旅を達成し、京都市内を一緒に観光したのもこの子とでした。
「イタリアの赤がこんなに綺麗だとは思わなかった。」とか「また動かなくなったよ。(苦笑)」と会う人会う人に言って歩くほどとても大切にしていましたが、流石に二台は同時には乗る事はできず、かといってエンジンに灯を入れなければ痛む一方でしかありません。
そんな時、会社のPCの壁紙にしていたDNAを見て職場の同僚が「これ可愛いね。」と言う話になり「ちゃんと大切に乗ってくれるならあげるよ。」自分でも驚いたのですが、自分の口から自然にこんな言葉が出てきたのです。
「お人よし」母方の祖父がよく言われた言葉だそうです。
自分が所有していたものが、行き場を失っているとき他人の目から『いい物』と見られた物をことごとく譲ってしまう。
血なのでしょう。
確かにお金に代える方法を取れば今自分が乗っているDUCATIに手を加える資金にはなるかもしれませんが、DNAとの思い出にお金の価値が付けられてしまうのが嫌なのです。
DNAは一度たりとも私を地面に落としたり、車に接触される事を許しませんでしたし、どんな無茶をしても「必ず守って貰えている」という感覚があって、私にとって本当に『いい物』でした。
本当に私が乗っていたDNAの良さを判ってもらうには、私と全く同じ条件からのスタートでなくては判らないと思うのです。
金銭的なトレードをしてしまうと、そこで付けられた価値でしか判断ができなくなってしまうのが嫌なのです。
DNAが置いてあったスペースが空いてしまい寂しいですが、新しいオーナーに楽しい思い出を作ってくれると信じています。
