『幸運のチケット』
この一年、私が最も会いたくて、会えなかった方がいる。
『丹羽さんに素敵な贈り物を送ったから』
一年ぶりのmail。
贈り物より何より、彼からの連絡が嬉しかった。
今日私の手元に届きました。
私の大切な人。フリーのヘアメイクとして独立してから長年お世話になってきた映画配給会社ワーナーブラザースの宣伝プロデューサー、小杉陵さん。
私が彼に出会ったのは25歳、彼は私より2つ年上だった。
2つしか変わらないのに彼には既に家庭もあり、なのに良い意味で彼からは全く生活感を感じず、パワーと何より人格者であり、万人に好かれるキャラクターを持った人だった。
27歳になり、ある日、私は彼に仕事の悩みを打ち明けた。
彼は一言、『俺が責任持つから、フリーになったら⁈』
と。
彼に資金を提供された訳でもなく、細かい事は何も聞かなかった。
彼を信じて疑う事もなく、例え上手くいかなくても、そんな『小杉陵』という人間と私は仕事がしてみたかったから、即決で頷いた。
彼は最初、洋画担当だった。私の経歴を知ってのオファーであったものの、仕事をはじめてからすぐ邦画が立ち上がり、彼は邦画の宣伝プロデューサーになった。
芸能に全く興味がなかった私が邦画の仕事に入るのは正直不安だった。
彼は一言『大丈夫。貴方を信じてるから。』
と言われ、最初に振られた仕事は中村獅童さんのヘアメイクだった。
仕事の間中、獅童さんのヘアメイクより陵さんの顔を見る方がよほど辛かったのが忘れられない思い出として、今でも鮮明に覚えている。
仕事はどんどん枝分かれして伸びていった。
でも、いつも傍らで私を支え、私自身をブランディングして行ってくれたのは彼だった。
ある時私は致命的な仕事のミスをした。許される失敗ではなかった。
彼はポジション的にも頭を下げる立場ではなかったのに、私の横に立ち一緒に頭を下げてくれた。
彼に免じて許された私は、そこで初めて『責任』の取り方という事の重さを彼から学んだ。
それでも尚仕事を振り続けてくれた彼からのプレッシャーは常に重かった。でも、プレッシャーを与えてくれる存在があるという事が私の人生には絶対的に必要不可欠な幸せだった。
私の周りの男性で彼以上忙しく仕事をするメンズを私は知らない。
いつも常に携帯は鳴り続け、彼と仕事をしていると、私の携帯も良く鳴った。 ただ、私の携帯が鳴る理由は電話口からいつも私宛ではなく、『小杉さんいる?』 『小杉さんと今一緒?』
という電話ばかりだった。
1年前から私の携帯は静かになった。
スタッフを入れ、サロンワークを選び、彼に頭を下げたから。
ヘアメイクを始めた時、育ててもらった美容師の先輩にも反対され、ヘアメイクとして生きている方々にも嫌な顔をされ、どこからも嫌な顔をされた。
二足の草鞋を履いて仕事をする事をスペシャリスト達は嫌う。 当然の事だった。
でも、彼に『私はゆくゆく仕事も家庭も完璧にこなしたい。だから今二足草鞋で頑張ってみたい。』
と言った。
彼は一言『丹羽さんは大丈夫。貴方はそういう人だから。』
彼の一言に、絶対に彼の期待を裏切らない努力をしようと決めて7年。
私に絶大な自信を持たせてくれた人。
彼はいつだって捕まらない忙しい人。
でも、彼は一度も『忙しい』と口にした事はない。
そんな彼から届いたプレミアチケット
『貴方の素敵な人と綺麗にドレスアップして来てね』と。
ジョニーデップより、今は誰よりも陵さんに会いたい。
12日、陵さんのブラックスーツに恥ずかしくないドレスアップで私の今一番大切な人と伺います。
kikuno
iPhoneからの投稿
『丹羽さんに素敵な贈り物を送ったから』
一年ぶりのmail。
贈り物より何より、彼からの連絡が嬉しかった。
今日私の手元に届きました。
私の大切な人。フリーのヘアメイクとして独立してから長年お世話になってきた映画配給会社ワーナーブラザースの宣伝プロデューサー、小杉陵さん。
私が彼に出会ったのは25歳、彼は私より2つ年上だった。
2つしか変わらないのに彼には既に家庭もあり、なのに良い意味で彼からは全く生活感を感じず、パワーと何より人格者であり、万人に好かれるキャラクターを持った人だった。
27歳になり、ある日、私は彼に仕事の悩みを打ち明けた。
彼は一言、『俺が責任持つから、フリーになったら⁈』
と。
彼に資金を提供された訳でもなく、細かい事は何も聞かなかった。
彼を信じて疑う事もなく、例え上手くいかなくても、そんな『小杉陵』という人間と私は仕事がしてみたかったから、即決で頷いた。
彼は最初、洋画担当だった。私の経歴を知ってのオファーであったものの、仕事をはじめてからすぐ邦画が立ち上がり、彼は邦画の宣伝プロデューサーになった。
芸能に全く興味がなかった私が邦画の仕事に入るのは正直不安だった。
彼は一言『大丈夫。貴方を信じてるから。』
と言われ、最初に振られた仕事は中村獅童さんのヘアメイクだった。
仕事の間中、獅童さんのヘアメイクより陵さんの顔を見る方がよほど辛かったのが忘れられない思い出として、今でも鮮明に覚えている。
仕事はどんどん枝分かれして伸びていった。
でも、いつも傍らで私を支え、私自身をブランディングして行ってくれたのは彼だった。
ある時私は致命的な仕事のミスをした。許される失敗ではなかった。
彼はポジション的にも頭を下げる立場ではなかったのに、私の横に立ち一緒に頭を下げてくれた。
彼に免じて許された私は、そこで初めて『責任』の取り方という事の重さを彼から学んだ。
それでも尚仕事を振り続けてくれた彼からのプレッシャーは常に重かった。でも、プレッシャーを与えてくれる存在があるという事が私の人生には絶対的に必要不可欠な幸せだった。
私の周りの男性で彼以上忙しく仕事をするメンズを私は知らない。
いつも常に携帯は鳴り続け、彼と仕事をしていると、私の携帯も良く鳴った。 ただ、私の携帯が鳴る理由は電話口からいつも私宛ではなく、『小杉さんいる?』 『小杉さんと今一緒?』
という電話ばかりだった。
1年前から私の携帯は静かになった。
スタッフを入れ、サロンワークを選び、彼に頭を下げたから。
ヘアメイクを始めた時、育ててもらった美容師の先輩にも反対され、ヘアメイクとして生きている方々にも嫌な顔をされ、どこからも嫌な顔をされた。
二足の草鞋を履いて仕事をする事をスペシャリスト達は嫌う。 当然の事だった。
でも、彼に『私はゆくゆく仕事も家庭も完璧にこなしたい。だから今二足草鞋で頑張ってみたい。』
と言った。
彼は一言『丹羽さんは大丈夫。貴方はそういう人だから。』
彼の一言に、絶対に彼の期待を裏切らない努力をしようと決めて7年。
私に絶大な自信を持たせてくれた人。
彼はいつだって捕まらない忙しい人。
でも、彼は一度も『忙しい』と口にした事はない。
そんな彼から届いたプレミアチケット
『貴方の素敵な人と綺麗にドレスアップして来てね』と。
ジョニーデップより、今は誰よりも陵さんに会いたい。
12日、陵さんのブラックスーツに恥ずかしくないドレスアップで私の今一番大切な人と伺います。
kikuno
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