はじめに
10年、中学校で先生しましたが、日本語教師に挑戦することにしました。
すでに日本語教師を卒業してる友だちが多いけど、自分も一回やってみないと気が済まないから、
今からチャレンジすることに。
大学出るときは、海外に行くみんなをうらやましがってたけど、自分にはその行動力がなかったんです。
でも、やっぱりいつかは行きたくて、仕事の合間にちょっとずつ下積みしてきました。
日本で教える人はたくさんいる、わたしは海外で日本を教えたいなあ、と高校生のとき考えて、もう15年。
それから4年間勉強したことは、とってもおもしろかった。外国語としての日本語も、外国としての日本も。
でも日本語教育はむずかしかった。教えることとか、働くこととか。
社会にもなれていないわたしには自信もなくて、結局あきらめたのです。
そのあと、国語の勉強や、学校教育の勉強ができたのは、本当に価値があったと思います。
そして、仕事が落ち着いてから、日本語教育能力検定を受けました。
夏休みには、時間ができたら、いろんな外国語の本買って勉強しました。
お琴を習いました。そのだいぶあとに、お茶も。
これはどちらも、仕事の息抜きに、と、お世話になっていた方からご縁をいただいたものです。
よい先生方とめぐりあい、楽しく日本文化を身につけることができました。
いつかのときのために、と思ってやってきたこれらのことは、今、本当に武器になっています。
あと、2ヶ月ごとに痛んで困っていた親知らずを抜いたり、視力も悪く、そこからくる頭痛が多かったので、レーシック手術をしたり、体に手間がかからないように整えて。
そして、退職してからは、スウェーデン語を勉強しにスウェーデンに行ってきました。
スウェーデンの社会のしくみを実際に見てみたかった、のもありますが、語学の勉強としては、
自分が新しい言語を学ぶ学習者の立場にたつことと、教授法や授業内容を見るのが目的でした。
いろんな国から来ている人たちに、スウェーデン語でスウェーデン語を教えると、どんな感じになるのか。
どうせ自分も直説法しかできないから。
これは、かなりおもしろくて、勉強になりました。
それから、日本の大学への留学を希望する人たちを対象にしたお仕事もさせていただきました。
これも、日本語教師になろうというときに、貴重な経験ができました。
そうこうしていると、本当に日本語教師の仕事が決まったんです。
学校の教師経験がある人を募集していたので、わたしにとっては「運良く」としかいいようがありません。
これまでのいろんな経験を、すべて活かせる環境に巡りあえたのは、
本当に、これまでお世話になったみなさんに、感謝するよりほかありません。
恩返しとして、ブルガリアに遊びに来て頂ければ案内できるようにしておきます。
こんな15年間の思いを胸に、いよいよ待ち望んでいた世界へ。
どんな生活になるのか、楽しみで楽しみでわくわくしています。
何があっても、どうぞあたたかく見守って下さい。