若い頃、赤は一切受け付けなかった。身のまわりのものにも決して選ばなかった。自分の性質には全くありえない色だと固く思っていた。
それが着られるようになったのは、いつからだろう。
赤いセーター。赤い靴。赤い鞄。いつか自然に選ぶようになった。そのとき、ある意味で大人になり、自分の境界が広がったような気がした。

赤は血の色。燃える火の色。
赤を着られるなら、その人の中に生きる力は豊かにある、と測れるバロメーター。

黒はすべてを含む色。
本当に黒という色が好きで着ている人と、何となく無難だからと着ている人の違いは、ちゃんとわかる。電車の中や雑踏が一斉に黒くなる日本の冬の光景には、歯がゆくなる。けれど自分も、後者に近いと気づくことが多い。
黒が色なのだと気づかされるような使い方には、まだまだである。

はるか昔、赤いバラの花をくれた人。今、その勇気、情熱に驚き、拍手を贈りたくても、もうその人はいない。バラの花弁を大切に押し花にしたノートは、どこに行ってしまったのだろう。
箪笥の奥に眠っているカシミヤの黒のコートが気になる。老いても着こなせるだろうか。

スタンダールの「赤と黒」。
フランス人家庭を訪問した時、受験を予定している子供が読んでいるらしく、テーブルに無造作に置かれていたペーパーバックの"Le Rouge et le Noir"が不思議に記憶されて、帰国してから読んだ。
想像したのとは違う、さびしい男と女のとても哀しい物語だった。

(使用画材: 色鉛筆、透明水彩、スケッチブック)