『Overflow』2



「きゃあ!」
今度も頭より先に、身体が動いていた。
しかしながら、数日の絶食は思いのほか俺の体力を低下させていたらしい。
いきなり彼女を抱きしめようとした俺に、彼女の身体が逃げをうった。

その瞬間脱げた彼女のスリッパにつまづいた俺は体勢を整えることもできないまま、彼女を抱えて床につっぷした。


「痛っ!」
「ごめん」
彼女がどこを痛めたのか気になった。こんな大男にのしかかられて重いだろうとも思った。
けれど・・・抱きしめた身体を離す事ができなかった。
数日前の、激情に駆られて彼女を押し倒した事が頭をよぎる。

あの時は彼女は見事なまでに雪花のままで・・・だけど、今は素の最上キョーコだ。 
純情乙女が男に押し倒されて、さぞかし目を回して困っているだろうなと思うと、彼女の顔を見ることができない。その目に拒否の色を見つけてしまったら、もう立ち直れない。そんな気がしていたから。


くすっ・・・。
耳に飛び込んできたのは、思いもよらない、微かな笑い声だった。
俺は彼女の意図を確認するために身体を離そうとしたが、華奢な腕がそっと俺の背中にまわり、それは叶わなかった。


「こんな風に男の人に下敷きにされるなんて、四回目です。」
四・回目?
ダークムーンごっこの時と雪花の時は覚えがあるが、あとの一回は誰なんだ!?
凶暴なオレが頭をもたげる。


「あの時、倒れて意識を失っていてもお芝居の事しか考えていない敦賀さんがすごくうらやましかった。こんな風になりたいって、憧れたんです。」
――社長にはああ言ったけど、もしかしたらあの時から惹かれていたのかも・・・。



幻聴かと思った。
倒れて意識を失った俺がどうとか言う前半で残りの一回もどうやら押し倒し男は俺らしいとわかったが、後半のつぶやきは心の声がダダもれてるとしか思えない口調で・・・。

あの社長に何を言ったのか気になるけれど、それより何より、この状態、この場面で、「惹かれていた」というのは、もしかして、もしかしなくても、俺のことなんだろうか・・・。


期待してはいけないと常にかけているブレーキが緩む。
これは、都合のいい勘違いなんかじゃない・・・よな?


まずい。

自分の顔が一気に紅くなったのがわかる。