10、蓮
俺が部屋を出ようとすると、彼女が服の裾を掴んだ。
「すぐ戻ってくるから。」
優しく言い含めると、小さく頷いて手を離した。
俺はまず風呂を洗って湯を溜めると、キッチンで炊飯器におかゆ用の水と米を入れ、スイッチを押した。
俺はなんとか無心で、キョーコを風呂に入れて、おかゆを食べさせた。
一息ついて、やっとキョーコの顔色が少し良くなった。
「今日は一緒に寝よう。 昔みたいに手をつないで。」
キョーコは、俺の顔を見て嬉しそうに微笑んでくれた。
「元気になったら一緒に出かけよう。 明日、はちょっと無理だけど。 デートをしよう。」
デートの言葉で、何か思い出したのかふっと表情が暗くなった。
「どうした?」
「飛鷹君のお姉さんと結婚するの?」
「まさか。 俺はとっくにキョーコと婚約したろ?」
「覚えててくれたの?」
「忘れるわけがない。 そうだ、指輪を買いに行こう。 エンゲージリング。 12年前には買えなかったから。」
俺はキョーコの涙をぬぐって、内緒話をした。
「奏江さんには好きな人がいるんだ。 確かに商談なのかデートなのかってセッティングは何度かされたんだけど、お互いその気がないのは最初の時に明かしてる。 ただ、奏江さんの彼はお父さんの反対しそうな人なんだって。 だから俺と逢う予定にして、途中で俺は彼とバトンタッチしてるんだよ。 だからキョーコが心配するようなことは絶対ないから。」
「そう、なの?」
「そうなの。 奏江さんって人はなかなか面白い人でね、キョーコと話が合いそうな感じだよ。 友達になれるかも。」
「友達なんて・・・。」
苦しそうな彼女に、俺は奏江さんから聞いた話を思い出した。