2、キョーコ




その日、私は祥子さんに呼び出されてLMEに近いカフェで待ち合わせた。
そこは以前から行ってみたいと思っていたお店で、
外観も内装もメニューさえも可愛くて私好みだったのだけれど。



「すごーく可愛いお店ね。」
ブラックスワンという名の普通のブラックコーヒーに手もつけずに待っていた、いかにもデキる大人美人といった雰囲気の祥子さんは、可愛らしすぎるそのお店の中では、明らかに浮いていた。
だからモー子さんも嫌がるのね。



「付き合ってもらいたいところがあるの。」
半ば予想していた通りの祥子さんの言葉に、私はため息をつきながら言った。
「またヤツがわがまま言ってるんですよね? 
そういうの私に言われても困るんですけど。」
「ごめんなさい。私もよくわかっているんだけど、
今回だけお願いできないからしら。」


本当に申し訳なさそうな祥子さんが気の毒になって、
私は注文もせずに席を立った。
「これきりにしてくださいね。」




祥子さんに連れて行かれた先は高級マンションの一室だった。
「私は車で待っています。終わったら送って行くから、電話してね。」
祥子さんは私を部屋に押し込むと、自分は踵を返して戻って行った。



「お邪魔します。」
靴を脱いで中に入ると、リビングと思しき部屋のソファーにショータローが座っていた。


「アンタ、祥子さんにあんまりわがまま言うんじゃないわよ。」
「ああ。」
「で、何の用なの? こんなとこまで呼びつけて。 
私だって暇じゃないのよ。」
「この後仕事か?」
「今日はもう無いけど・・・。」
「ふ。暇じゃねえか。」
鼻で笑われてムッとする。
「アンタねえ、人を呼んどいてお茶も出す気ないの?」
「飲むのか?」
「いらないわよ。」



ショータローが言葉少なだからだろうか。
いつものようにポンポンとののしり合いが続かない。
「アンタどうしたの? なんか変・・・」
様子をうかがおうと近寄った途端、
立ち上がったショータローに抱きしめられていた。

「な・・・」


「キョーコ。 俺と一緒にアメリカに行かないか? 
まだ極秘だけどな、全米デビューが決まったんだ。」
「離して!」
「嫌だ!」
「またアンタの家政婦に戻れって? 
もしかして英語に自信がないから通訳?」
「違う!家事や通訳なんて誰か雇えばいい。 
俺はキョーコに傍にいてもらいたいだけんだ。 
一緒に行こう?」
「何をバカなこと」
「バカなことじゃない。 お前が好きなんだ。」 
「勝手なこと言わないで。 とにかく離しなさいよ!」


「だめだ。一緒に行くって言うまで離さねえ。 
キョーコ、俺はずっと今でもお前は俺のモンだと思ってる。
だけど言葉が必要なら、何度でも言ってやる。 
キョーコが好きだ。 
謝れって言うならいくらでも謝るし、土下座だってしてやる。 ぎゃふんとだって言ってやる。
そうしたら、復讐も終わりでお前も満足だろ? 
そのために入った芸能界ももう居る意味がない。
変に着飾ってバカみたいに誰だかわかんないような女を演じる必要なんかないんだ。
ましてや俺に当てつけるように、他の男に媚びるような真似しなくたっていい。
それでももし、お前がどうしても演技の勉強がしたいっていうなら、向こうでやればいい。 向こうのプロモーターに聞いたら、ハリウッドにも顔が利くって言うし、な? 一緒に行くだろ。」
「行きたくない! 離して!」
「キョーコ!」



暴れる私をもてあましたショータローは、私をソファーに押し倒した。
「言葉でわかんないなら・・・」
言い知れない恐怖が湧きあがる。
こんなショータロー、私知らない。
オトコの顔。


「やだ! 敦賀さん!!」



自分が叫んだ言葉に驚いた。
それは、ショータローも同じだったみたいで。
愕然として押さえつける力が弛んだ隙をついて、
私はマンションの部屋から一目散に逃げ出した。





雨が降っていたけれど、暗くなっていたけれど、
どこだかよくわからなかったけれど、とにかく走って逃げた。
走って走って、私はいつの間にか敦賀さんのマンションの前に立っていた。