3、蓮
「私はもう、愛だの恋だの愚かでくだらない感情にふりまわされるのはもういやなんです。」
彼女の口からこぼれたのは、予想通りの答え。
だけど。
「俺は、愛や恋が愚かでくだらないとは思わない。」
できるかぎり、穏やかな声で、距離を保ったまま彼女に話しかける。
「俺が嘉月の演技につまっていた時のことを覚えてる?」
彼女はうつむいたまま、こくんと頷いた。
「あの時、君に恋をしていなければ、俺は役者として終わっていた。」
彼女は信じられないという顔で、俺を見てくれた。
「俺はね、社長に言われるまで普通に恋をしてきたと思ってた。 でも予言されたとおりに行き詰ってしまった。 そんな時、ある人に恋がどんなものなのか訊いて、思い浮かんだのは君だった。」
「恋がどんなものか?」
「うん。顔を見ただけで、辛い時でも嬉しくて、胸の奥が温かくなって、それにささいな幸せが伴えば恋なのだって。」
「それって・・・。」
しばらく絶句していた彼女は、いきなり床に頭を擦りつけた。
「すみませーん。 それを言ったのは私です。 私が坊なんです。」
は?
「敦賀さんには黙っていたのですが、あの着ぐるみの中、私なんです。」
俺、本人に恋愛相談してた?
「だますつもりはなかったんです! でもなんとなくもう言いづらくて。」
ああ、そうなんだ・・・・。
「こんな私の、そんな言葉、信憑性がありません。 だから、それは恋じゃないんじゃないかと・・・。」
「気づくきっかけは彼の、いや、君のか、 君の言葉だったかもしれないけどね。」
俺はいったん言葉を切った。
思いがけない彼女の懺悔に、これは想定外だ、と苦笑いがこみ上げる。