Kiri's blog

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〜 For the memory of those happy days

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 2015年末から年始にかけて、テレビのいわゆる2時間ドラマをYouTubeで何本か観ました。ほとんどが5~6年前に放映された古いもので、しかもそのすべてが探偵ものというか何というか、つまり、検事、警察官だけでなく、いろいろな職業人(弁護士、タクシー運転手、葬儀社、温泉女将等々)がにわか探偵になって犯人を割り出したり、犯行の動機や背景を探ったりするという仕立てのものです。共通項はどのドラマでも人がいとも簡単に殺されるという点。

特に感じたこと

 

  1)殺しの動機がちょっとアレ?という感じのものが多い。そんなことで人ひとりを殺すことってあるのか、という疑問。どのドラマの台本も、きっと猛烈に多作な推理作家のものなのだろう。だから並の動機じゃ他の作品と変わり映えしないから、作家先生のほうでもコリに凝るわけでしょう。それで筆者のように、この種のドラマを見慣れていない者には、犯行の動機がいかにも無理筋に思えてしかたがないわけ。それにしてもその動機には親族の「事故死」(実は巧妙な殺人だった)の報復というのが多いですね。今の日本では、そんなところが視聴者万人に認めてもらえる殺人の動機と思われているのでしょう。

 

 2)報復殺人犯に対する検事や弁護士の言葉も、多くのドラマで半ば定型化しているような感があり、頭の悪い筆者でさえ、もう覚えちゃったよ。「君、復讐からは何も生まれないのだよ」とか「そんなことをして君の(死んだ)お父さんが喜ぶとでも思っているのか」とか。そりゃそうだ。報復は動機としては取り込みやすいが、時代劇でもないのに、敵討ちを肯定したり、正当化したりするわけにはいかないという「世間の常識」がここに顔を覗かせる。

 

 3)探偵ものの売りであるトリックがどうもすっきりしない。原作者・脚本家は視聴者にすぐ分かるようじゃ視聴率が取れないとでも考えているらしく、やたらに人を混乱させるような伏線を張りすぎる嫌いがある。もっとも、昔読んだ松本清張さんなどの推理ものにもそういう傾向はありましたね。読者に対してチャフ(レーダーだましのデコイ)を投げつけるみたいな。ちょっと、気分悪いよ、そんなことされると。バカにしないでください、そのくらい気が付きますよとページの後ろに隠れている作家に文句を言いたくなることがよくあった。

 

 4)トリックについてはもうひとつ別な角度から言いたいことがある。観終わったあとで、明らかになった犯人の経歴やら生い立ちを思い出してみて、こんなトリックを考えつく才覚が彼/彼女にあったとはちょっと本当らしくない、ということもしばしば。作家先生の訓練された頭だからこそ考え出せたトリックでしょう、でもあの犯人ならどうなのかね、という違和感に苛(さいな)まれるのです。

 

 5)ドラマには住居の内部がよく出てくるけれど、家具調度装飾などがかなり洋風化していて驚きましたね。畳部屋なんてめったに出てこない。出てくるとすれば高級料亭や京都などにあるという設定のお屋敷にほぼ限られる。畳に敷いた布団を急いで押し入れにしまって、そのあとに朝飯のちゃぶ台をしつらえるという時代はもう過ぎ去ったようだ。

 

 

新旧俳優さんのこと

 

 今回のテレビドラマ集中鑑賞で、初対面で気に入った俳優さんが何人か出てきました。反対に、若いころを知っている役者さんが綺麗にお歳を取った姿に接すると、当方にも同じだけ年月のシワが刻まれたのだと思い知らされる。鏡を見ているようなもの。そういうおひとりを例に挙げましょう。伊丹さんの映画「ミンボーの女」で宮本信子さんのおなかを刺したさる組員のあんちゃん。今にも噛み付きそうな凶暴な顔をして、手柄を焦っていた跳ねっ返りだった。危なっかしいなと思っていたら、案の定宮本さんに重傷を負わせてしまった。その彼が今では結構貫禄ある顔つきになって、検事や刑事で活躍していたのには驚いた。そう、柳葉敏郎さん。(2016-02-21記)■