憧れた人に、今度は自分が。
最近、特に目立った病を抱えている訳ではないのに、生きるのが辛いという方の話を聞く機会が何度かありました。専門家では無いので詳しい事はよく分からないのですが、私が話を聞く事が出来た限りでは、かなりの割合で、人生の主導権、あるいは感情の主導権を自分ではない他の誰か、何かに握らせてしまっている様に感じました。全てを切り離す事はもはや不可能だと思うので、あくまで“主導権”という話ですが、名刺や肩書きを取り上げると自分自身を何も語れなくなってしまう人、自分の感情を誰かに委ねてるが故に情緒不安定に陥ってしまう人が多すぎやしないかな?と。そして自分が見えない人間、情緒不安定な人間、他人の人生や情緒を操ろうとする人間がまともな人間から相手にされる事はまずないので、寄ってくるのもまた、ろくでもない人間という悪循環が起こってしまっているように見えました。だけどそれは私自身が人生に意味を見出せなかった時期にも大いに心当たりがあることなので痛い程によく分かる事でもあります。自分の人生は自分のものであり相手の人生は相手のものであるここを崩すといい人間関係を築いていくことは一気に難しくなる様に私は感じています。だからまずは、自分を操作しようとする場所や人間から離れ、自分の人生は自分の物だと認識する事、誰にも自分の情緒を不安定にする権利はないのだと強く心に留める事が必要なのではないのかと思ったのですが、、では、彼らに自らの人生、自らの感情を自分の力で守っていきたいと思ってもらうにはどうしたらいいのだろうか。私が自分の人生を大切にしようと思えたキッカケは何であったか。私の希望となったものは何か。暫く考えてみたのですがそれはもう、強く生きる人の生き様以外の何物でも無かったように思います。どん底に居た時、同じ場所から這い上がって強い背中を見せ続けてくれた人生の先輩を見る度にもしかしたら私もいつかあの場所に行けるのではないかという思いが沸き上がり、心が折れそうになる度、その背中を見てはまた、勇気付けられたよなぁ、という事を思い出しました。そしていつしか、彼らにも眠れない夜がある事を知った時にはもう、誰の背中を必要とせずとも、自らの力で素晴らしい景色を見る事が出来ていたなぁ、と。会社と自分でも、誰かと自分でもいい。何か一つ、高め合える関係を築けると人生は一気にいい方向への連鎖を始めます。私はきっと、彼らが強く光り続けてくれたおかげで安心して一歩を踏み出す事が出来たのだと思うし、何度もその姿を見ては希望を貰う事でここまで来れたのだと思います。本当にありがたい話です。では、それならばもう今度は私自身が強く生きて、誰かを励まし、人生をもって幸せである事の素晴らしさ、幸せになる事を諦める必要なんてまったくもってないという事を証明していく番なのではないか?という考えが頭を過りました。そうか、私はいじめや暴力や虐待、外国人差別を経験した者として。血の繋がった両親を失い、そして今、障害者を家族に持つ者として。(※障害者を家族に持つ事が不幸であるという意味ではありません)それでも全うに、そして幸せに生きてるだけでも誰かの希望になれるかもしれない。もちろん、幸せになる事を強要する訳ではないですが、立ち直りたい、今は辛いけど、いつか幸せになりたいと願う人の手助けにはなれるかもしれないと思えました。私は今までの人生(決して長くはないですが)で役に立ったと思えた考え方や選択の仕方をブログで伝えていけたらなぁと一時は思っていたのですがツイッターでシェアされていく言葉達の中に人生の中でシェアされていくものが一体いくつあるのだろうかと考えた時言葉の無力さを感じ、これから自分のしようとしている事の意味がぼやけてしまいました。だけど、そうじゃなくて言葉は人生と組み合わせていく事でちゃんと力を持てるのではないか?というより私自身が大いに力を貰っていたじゃないかという事を思い出しました。きっと彼らに人生の主導権、感情の主導権を誰かから奪い返す力を与えるのはそれを成し得た人間の何一つ後悔などしていない様に見える姿、そんな人達からのエールだけなんだろうな。そして幼い子供達のそれらは社会全体で絶対に守っていってあげなきゃいけないわけで。。私も毎日アホみたいにヘラヘラしてないでもう少し真剣に生きよう。今も昔も弱味を見せない立派な大人達は確かに居るけれどもう少し、道しるべになる様な大人が多い方が子供達は迷いながらでもちゃんと戻ってきて、そして安心して歩いていけるんじゃないのかな。だったら、居て欲しかった人居て助かった人に今度は自分がなっていこう。今まで数え切れないほど沢山の人達に支えられて、助けられて、やっとここまで来れたのに何も返さなかったらそれって人として大問題だよなぁ。と、そんな事を思いました。きっと、言葉だけでは人は動かない。誰かを前へ動かしたいのなら自らが先頭に立つ必要があるのかもしれません。