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roroのポートフォリオ

撮影風景や撮影した写真を中心にアップしていきます

午後からはサンポートでの撮影になりました。
この場所も初めてになります。
神戸・大阪方面へは出かけて撮影する機会が多いのですが、高松は全く機会がありませんでした。
綺麗な場所ですがちょっと無機質かなと
そこで、実際に撮影もどのように処理をしていいのか迷いながら







バックの処理が難しいです
広角で撮ればよかったのか
未だに分かりません

そしてテラスにての撮影
ここも、帰って気がついたのですが、難しい場所でした
撮影時は見晴らしに気が奪われてたので思いもしませんでしたが...





この時は晴れたり曇ったり
海の青さがもうひとつ足りませんね
瀬戸内海だから、それとも季節的ものかな
つづいて、建物を利用した撮影





モデルの表情が午前とは違いますね
衣装に合わせて撮ってみたので、あえて笑っていないときにシャッターを押しています。
自分的にはこちらが好みです

最後は公園にて












午後からは曇りの天気になりました。
暗くはないけど、デジタルカメラではどういう訳か肌の表現がいまひとつになります。
撮りかたが悪いのか設定が悪いのか
何か、光源が必要ですね
これは、今後の課題かな


久しぶりのブログ更新をします。
じつは、この撮影会が今年最初のポートレート撮影となりました。

桜などは撮っていますが、今まで利用していたLIVEPICSのサービスが終了することになり、写真を何処にアップしようか考えていたら季節が過ぎてしまってしまいました。
まだ、八重桜は咲いていますが...

この撮影会はポートレートの好きな人が集まった、こじんまりとしたものですが、今回からアンモデルエージェントのモデルさんを撮影することとなったようです。
これは、参加しなくちゃ
第1回目のモデルは「青木成美」さんです。
身長と高いスレンダー美人ですね(^^)

まずは高松水道資料館に集合し、撮影が始まりました。

最近、中望遠レンズをAFを使用して開放付近で撮影するとみごとにピントを外しています。理由は、モデルは動いている、ピントを合わせてから構図を決めるためにカメラを動かす、ついでに自分も動いているかもしれないと
そこで、今回は中望遠レンズはAFは使わずに撮影することにチャレンジしてみました。

水道資料館の白い壁の建物から撮影が始まります。









室内は少し暗めですが、日差しが窓から差し込み柔らかい絵になりました。
ピントが甘いもの効いているかもしれませんね

白壁バックでの撮影ですが、2台のカメラで撮影したところ、露出傾向が違うのにびっくりです
今までそのことに気付いていないのもビックリかもですが







つづいてレンガ造りの建物に撮影場所が移ります。
こちらの室内は一段と暗くなります。
フラッシュを使うかどうか悩むところですね。



それでも明るい雰囲気に(ちょっと無謀な作戦







雰囲気がとっても良い場所ですね
窓からの日差しがいい感じです
きっと個人撮影だとモデルを寝転がせて撮影していることでしょう

その後、野外での撮影に移ります。









やはり動くモデルにマニュアルフォーカスは無謀だったのか
かなりのカットがピントを外してしまいました
それも、いい構図のものが
腕が無いからそれは諦めましょう
次回の課題にと

午後からはサンポートでの撮影になります。

つづく
















新年あけましておめでとうございます


本年もよろしくお願い致します





初詣に「上一宮大粟神社」へ行ってきました。


徳島県神山町神領にある、一宮さんです。


といっても本家とされるこちらは、山間にひっそりと建っており、正月二日目でも参拝客は多くはありませんでした。


鳥居をくぐると山頂めがけて真っ直ぐに参道が延びていきます。


山の尾根に道が造られているのです。


この道の作り方は四国独特らしく、近代までの高地集落はこの道路によって結ばれていたそうです。























そこで、この神社のことを少し調べてみました。


話が段々と広がり、収集が付くか不安ですが、しばらくお付き合いを願います。


まず、ここに祀っておられるのが「大宜都比売命(おおげつひめのみこと)」です










「延喜式神名帳」(927年にまとめられた延喜式内社の全国の神社一覧)に記載される名神大社「阿波國名方郡・天石門別八倉比賣神社」の論社の一つであるらしいです。


「大宣都比売命」については 古事記 では、国産みにおいて伊予之二名島(四国)の中の阿波国の名前として初めて表れます。その後の神産みにおいてイザナギとイザナミの間に生まれたとの記述があります。


イザナギとイザナミどう考えても日本人の名前ではないですよね…


説話では、


粗暴な振る舞いによって天界(高天原)を追放された須佐之男命は、大宣都比売神に食べ物を求めました。

そこで大宣都比売神は、鼻や口また尻からうまい食べ物を取り出して、いろいろに調理し整えて差し出そうとしました。

それを見ていた須佐之男命は、食べ物を穢して差し出すのだと思い大宣都比売神を殺してしまったのです。

その後、殺された神の体から出た物は、頭に蚕が生まれ、二つの目に稲の種が生まれ、二つの耳に粟が生まれ、鼻に小豆が生まれ、陰部に麦が生まれ、尻に大豆が生まれました。

そこで神産巣日神がこれらを取らせて五穀の種としたのです。


とあります。


神の話なので天界の出来事になりますが、徳島では高山集落が四国山地の至る所にあります。


この地域のことを「空(そら)」と呼び、この神社の近くに天岩戸と呼ばれる巨大な岩で出来た洞穴があったり、卑弥呼に関連した神社や寺院がさりげなく建っていたりと不思議なところです。


この地名や伝承は説話になぞられて後から作られたのか、この地をヒントに説話ができたのか謎ですが、現在の主流は今の地名から古事記を読んでいるので前者が歴史的な見解となっています。


ただ、徳島説で読むと矛盾が無くなるというミステリアスな部分が後者の考えの元です。


初詣は何気なく神社に参拝にでかけますよね。


この神社と天皇とは何か結びつきがあるとはおもいませんか?


どちらも、寺院と違って日本らしさがあるというか、そう感じるのは自分だけでしょうかね?





ところで、先ほどにも述べましたが、徳島は歴史学者からは何故か無視状態です。


徳島の現状は中央から離れており、四国の片田舎の地位です。


それは、近代のことで江戸時代には藍の生産で日本有数の街でもありました。


その証拠に銀行が出来始めた当初に、徳島のとある銀行が預金高日本一になったことがあります。


それ以前にも畿内(当時の中央)に強い影響力を持った時期もあり、歴史のメインには上がらなくても無視できないとは思います。





江戸時代のことですが、


家康が徳川の名字に変え、阿波もその命令で徳島と改名になりました。


川と島、何か意図でもあったのでしょうか?


また、阿波の改名も歴史(学)から離れる理由もあるのかもしれませんね。





徳川幕府ですが、徳島藩に対して阿波の歴史を調べるようにとの御ふれが出されてました。


内容は、


元禄10年(1697年)1119日、突然老中土屋相模守、徳島藩江戸留守居役を呼び出した上、覚書を手渡し、


「阿波、淡路両国に在る古代天子葬之場を調査せよ」


と極秘調査を命じています。以後徳島藩では普請奉行が中心となり、阿淡二州の古代天子葬之場が続けられました。





この発端は幻の「阿波風土記」を入手したのではないかと噂されています。


歴史学的には存在しないとされていました。


また、再編中の風土記もすぐに行方不明になります。





再編された阿波風土記ですが、最近になり筑波大学付属図書館にあることが発見されています。


これにより、歴史認識が変わってくるのかと楽しみでもありますが、歴史学者には便利な必殺技を用いることあるので心配ですが…


例えば、文献否定(この文献の記述に誤りがありますと最初に断りや後からまねて作ったと述べる)や論破できなくなるやこちらの意見を聞き入れない感情的な相手とは討論できないとか目にしたことがあります。


終戦直後になりますが、マッカーサーが徳島の剣山周辺の発掘調査をし、何かを持ち帰ったようです。


この時に、それまでに発見されていた100体のミイラが無くなり(持ち帰った?)発見された当時の新聞記事が消滅しています。


こうなってくると地球規模での何かの意志が働いているのかと勘ぐりたくなります。


歴史学者の立場は自己否定(自分のしていたことが無駄だったとか)になるのでまだ理解できますが、後者はちょっとヤバいものを感じます。


表にでては行けないもの=おそらく当事者(戦争に絡んでいる人や利害人)にとって不都合なものがあるのでしょうね!





徳島県にある剣山はユダヤ人と何か関係があり、失われたアークが隠されているとの伝承があります。


実際に過去に幾度も調査がされ、現在は国立公園の為に発掘調査はできないままとなっています。


神輿を山頂まで担上げるお祭りや近くにユダヤの神殿跡も残されています。


このことは日本よりユダヤ関係者が熱心で、


前イスラエル大使のエリ・コーヘン氏は日本とユダヤの祭りや風習の
酷似に驚き独自の調査を始め、徳島に2回訪れました。それは地元の
テレビでも取り上げられる程の公式訪問で驚く程熱心な調査が行われたようです。そこでコーヘン氏は美馬市にある倭大国魂神社に訪れ、古代イスラエ
ルのシンボルであるメノラーが神社の神紋にあるのを見つけました。


この地方には秦氏(約1300年前、シルクロード沿いの今のカザフスタン辺りから19万人の民を引き連れて日本に来たとされる)が多い多くあります。


また、神明神社に訪れ、石を積み上げて造られている
古い神殿見て、その形、大きさなど、ユダヤの神殿と同じ造りであり
間違いなくイスラエルの民はここに来ていると確信しています。そして、そのコーヘン氏が次に注目しているのが剣山なのです。国を追われ流浪の民となった古代イスラエル人はソロモンの秘宝であ
るアークを持ち出し、剣山のどこかに埋めてあるというのです。


ここまで話が繋がってくると、ユダヤ、徳島、天皇(日本)と何か深い繋がりがあるもとの思い受けられます。


こうなってくると、歴史は感じるものですね!いや爆発してもいいくらいです(^^)


はやりとんでも説は大好きです!


今現在世界で活躍している多くのユダヤ人は、偽ユダヤ人と言うのはご存知でしょか?


こちらは、ユダヤの教えに絶えられなかったアシュケナジー・ユダヤ(ハザール人)らしいです。


それは、自分たちの先祖と旧約聖書の祖先が違うから…というのが大きな問題点でしょうか?


だって、自分たちは生粋のユダヤ人ではないですからね(^^)





このユダヤの教え(聖書の十戒)とは、





偶像を造ってはならない。


偶像を拝んではならない。(神社には偶像はない)


神の名をみだりに唱えるな。


 神の名をみだりに唱えてはいけません。人間は弱いので、「神様助けてくれ」とか「神様お願いします」というようにすぐ神の名前を出しておすがりします。そのようなことをしてはならないと言われたのです。


安息日を実行せよ。


 モーゼが言うのには、神が世界を創った日を安息日とするのです。全員が休むのです。七日に一度、必ず神が休んだように人間も安息日をとらなければいけないのです。


父母を敬え


殺してはならない。


姦淫してはならない。


盗んではならない。


隣人に関して偽証するな。


隣人の物をほしがるな。





これは、日本人が自然と習得しているものです。


すべて、日本神道にはいっていることに気付きます。





縄文時代は長く続きましたが、戦争が起きた形跡がありません。


戦が行われるようになったのは、大陸からのやって来きて住み着いた弥生時代からになります。


それでも、水田の開発でそれどころではなかったようでもありますが?





今、日本の中で生活している方で、


この教えが何か絶えられない、理解できないと思われるかた(実際に行動に出している)がいると過程します。


おそらく、日本人より大陸の血が濃い(今はDNAか…)のかもしれませんね。


株で有名になったT.Hさんなんかがその代表に思えます(違っていたらごめんなさいm(_
_)m)





ユダヤ人がこんな國を見れば、きっと理想の國と思う事でしょう!





日本を理想の國と思ったとされる人物がいます。


ジョセフ(徐福)です。


秦の始皇帝の立役者みたいな方で、土木工事にたけていたそうです。


もちろんジョセフの一団はシルクロードを渡り中国までやってきた、消えたユダヤ一族と考えられています。


始皇帝の命を受けて不老不死の薬を探しに(永遠の国家建築)旅にでます。


日本の各地に伝承が残っており、二度訪れたとなっています。


一度目は、偵察に、


日本各地を回り、情報を集め、何処から入るのがベストか考えたのでしょう。


二度目は、それを情報を元に実行に移りました。





古事記に國生みの話があります。





淡路島、四国、隠岐三島(四島あるので、きっとの現在の隠岐ではないはず)、筑紫…


最後の8番目に畿内になります。


この数字も大切は要素です。


また、現在の出雲や日向は古事記の場所的にはでてきません。


古代の地名を現代の地名で読んでどうする?必ず道に迷いますよね…これが古事記の話と今の比定された場所の情景が合わない理由かと思いますが?


歴史学者さんもっと頭を働かせましょうよ(^^;)


隠岐三島も時計回りに国産みが描かれているのに、いきなり島根まで飛ばすなんて!どちらかといえば普通に考えられているのがとんでも説に思えてきますよ!


歴史的にみてみますと、出雲は渡来人(主に朝鮮半島)が住着き、日向(南九州)は蛮族が多いので安全ではなかったと考えられます。





ジョセフは最も安全とみた淡路島に上陸し体制を整え、四国に進出し本拠地を構え、全国制覇に乗り出したものという考えです。


そして、畿内に大和(ユダヤ語では神の民の意味)を造り日本をひとつの国家に成し遂げたというものです、


八と言う数字は、日本において重大な意味合いもあり最高位を占める数字です。これも踏まえて古事記では大和地方(畿内)に八の数字をあてがえのかもしれません。





以前に皇室にかかわる重要な人物が徳島市国府の、天照大御神の神陵である(卑弥呼の墓があると伝承される)八蔵比売神社が見える場所に訪れ東京に帰り一つの歌を読みました。


「いにしえの 歴史しのびつつ 島訪ひぬ 松が枝を揺る 瀬戸内の風」


すごく意味深な歌です。


捉え方しだいでは故郷に立った心情ともとれますね(^^)V





さて、夜の部になります

日が陰るまで喫茶店にて休憩をしました
だんだんと暗くなるにしたがい、灯りが点灯していきます

冬至まで少しずつ日中が短くなるのですが、感覚的には一気に短くなるのは気のせいでしょうか
太陽が沈むのが早くなると何だか寂しい気分になりますが、X'masのイルミネーションがそれを忘れさせてくれます

新町川水皺公園と隣接する建物を中心に撮影を行いました
時折落ちて来る雨をよけながらの撮影です

も撮影条件としては良く無いのですが、夜の撮影ではいい雰囲気をだしてくれます

それでは、写真をご覧ください











このあたりから雨が降り出し雨宿りをしながらの撮影になります





雨で濡れた路面が光を反射してきれいです





最後にお別れ前に撮影した1枚



この日は長い時間、撮影におつきあいをしていただき感謝しております
また、機会がありましたら撮影してみたいモデルさんですね




つづきから

午前中の冷たい北風の中での撮影で冷えきってしまいました
昼に暖かいものを

ここは、うどんですね

カレー&うどんでさらに温まります

カレーうどんは美味しいけど、食べるのが難しいです

食後に建物内の撮影してみたかった場所で少しだけ

個人的にこの暖かそうな雰囲気が好きです

そして前から気になっていたスポットへと
カフェの野外テーブルですね
この日は秘密兵器を持参しているのでここで使ってみました

格好よくなったかな
そして、お遊びショットも



しばらく撮影をして寒さ対策の為に建物ないへと避難することにします
X'mas飾りが綺麗ですね
土曜日ということもありちょっと人が多かったので気になり長く撮影できなかったんpが残念でしたね







しばらくして外へでると、時間の割にはすでに薄暗く感じます
今日の雲は厚いのかな
雲か間からの日差しがでてきたところで撮影をします



日差しがあるので、モデルも頑張ってくれました



ちょっと秋っぽい雰囲気になってますか

川の水面は冬っぽいく冷たさを感じます



冬は影が面白いですね
そして、異次元っぽく

最後に落ち葉が池に溜ってます
これが綺麗でした





つづきは夜の撮影です


神戸での撮影からしばらくして身体に違和感を感じていました
しばらく仕事を続けていましたが、腰と脚の痺れで座り続けることが困難になります

そう言えば、以前にヘルニアを手術をしたときに予告されてたっけ

でも、動いている時は大丈夫なのです

今回は神戸での撮影を予約していたモデルさんの中で、徳島でも撮影できる方に来て頂きました

このモデルさんは柔らかさとセクシーさを兼ね備えた方で、さっそく気に入ってしまいました

今年の冬は冷えこむとの予報どおり、撮影日はさっそく今年一番の寒気がいらっしゃるそうで、強い北風が吹きます

それでも笑顔でポージングを





でも寒そう



大好きなお遊びカットです
今回は大人っぽくなりましたね

そして元気よく



かっこ良く





愛嬌も忘れずに



シーンによって顔立ちが変わるような、そんなイメージがありました

ちょっとセクシーなのが魅力を感じます
木漏れ日もいい感じに





今回は自分好みの写真が多く撮れた気がします
じつは、選ぶのが大変だったりしています





最後に好きなカットを二枚ほど



午前中の撮影で500枚を超えてしまいました
1回では収まらりきれないので、つづきます
先週に引き続いて神戸北野町の異人館周辺での撮影をしました

今回はハンター坂から異人館通りまで上がっていきます
観光客の多くは北野坂を歩いていきますが、こちらのほうが一層おしゃれな街路となっていてより神戸らしい雰囲気ですね
この辺りだけでも一日撮影しても飽きないかもしれません

まずはおしゃれな外装の喫茶店の前から
迷惑のかからないように(かなりかけたかも)開店までの短い時間で撮影しました
今度はもっと早い時間に行ってみようかな





つづいて街角スナップです
街路樹が元気なのも神戸の魅力です





こういう看板を見ると撮ってみたくなります
場所が高い位置にあるのでちょっと苦労しました(苦労したフリかも)

このモデルさんの雰囲気は大好きです
次回の参考にしようっと




昼食と取って異人館方面へと
この日はオフショット(食べているとこと)を撮るのを忘れてしまいしたね

全開に撮影が終わった場所から撮影開始します



土曜日ということもあり人通りが多過ぎてなかなか集中して撮れませんでした
おまけに、ピント合わせが甘かったりして...(言い訳
MFでじっくり撮る場所ではありませんでしたね





ここも雰囲気の良い場所でした
家に帰ってからもっと撮影してもよかったかなと反省
こうなってくると長い期間をかけてじっくりと撮ってみようかと、ちょっとだけ決意してみます





異人館の中です
このベランダ光が回っていい感じです
冬場も暖かそう
お昼ねも気持ちよさそうな







白い外壁の建物と
この場所以前にも撮影したことがありますが、やはり雰囲気がいいですね
閉店日だったので気兼ねなく撮影してしまいました

また、次回も撮影したくなりましたね

そう言えば、今回も何の打ち合わせもなく、ミニのスカートで来ていただきました
嬉しい限りです

超ミニのモデルさんぜひよろしく





この日は久しぶりに県外へでかけての撮影です
場所は神戸市北区の異人館通り周辺
北野坂を歩きながらの撮影から始めました
このあたりは普通の街ですが、それでもおしゃれな建物があり、絶好のロケ場所ですね
ここだけでも一日撮れてしまいそうなくらいです





この日は残暑が厳しく坂道もちょっと辛いかなと
しばらく撮影しながら歩くと、北野町広場へ到着
太陽が熱いので日陰のベンチ周辺で撮影します



屋根からの柔らかい光でいい感じに仕上がりました
この日のベストショットその①ですね
ろろのお気に入りです

しばらく撮影した後に食事へと
ちょっと早い目に店に入ったの窓際の席に坐れていい感じです



この日のベストショットその②
ベストがふたつある
そんな突っ込みは無しで
本当のベストはこのショットでは無いのですが、ちょっと出し惜しみと
個人的にはこっちの雰囲気が好きなので

この日の教訓
美味しい食べ物の前では自然な笑顔になる
ですね

この店ではちょっとパプニングもありました

それが昼からの撮影に影響がでるのかでないのか

午後からは少しだけ異人館に入りました





白い壁の部屋は朝食の部屋です
他にも夕食用の部屋もありました
こんな贅沢をしてみたいものですね

この後、路地と広場での撮影になります







このカットは隙をみてモデルさんが面白いことをやらかしたシーンです
マニュアルで撮影してましたが、何とかピントをあわせられたかな



最後に北野らしいおしゃれな壁の店と階段です

来週もここでの撮影予定があります
今度はハンター坂から上がっていこうかなと考えてます


8月12日から15日にかけ徳島市の阿波踊りが開催されました

毎年、写真を撮りにいってます
今年は夕方からの天候が不順です
初日にでかけましたが、豪雨になり長男の靴がびしょ濡れになり撮影どころではなく、
開催直後に退散することに

そして3日目の14日に撮影へとでかけます
曇り空ですが、気温がそれ程上がらず待ち時間もそれ程暑いとは感じませんでした

テンポの良い2拍子のリズム
ついついシャッターを押してしまします

今回は説明無し
画像だけをどうぞ




















少し前になりますが、夜の撮影会がありました

前回に続いて2回目の夜の撮影になります

で、今回はポートレートに使用しているカメラとレンズをこの日の午前中に
カメラ屋さんに調整に出したばかりです
そこで、花やスナップに使用している古いカメラの出番となりました
古いといってもこのカメラで撮れる写真は何処か艶やかさが好きです

ちょっと日が高いけど夕焼けっぽく



この雰囲気がすきなのでよく使っています

夏の風物と言えば、浴衣と花火です
このどちらも撮影が難しいです



ちょっと和風っぽい色味(どんなんや?)にしてみました
このあたりはフラッシュの光が強過ぎました
ちょっと反省



浴衣と言えば猫がよく似合います
ちゃんとモデルうぃしてくれたかわいいネコちゃんに感謝ですね





スタッフさんが持参してきた赤のチェアー
場違いだけど、なぜか合っている(^^)

そして花火の撮影
なかなか綺麗に撮れたのはありません
が、その中から



ブレてますが、そのブレが良かったのでチョイスしてみました





スローシャッターでの写真がほとんどなので、モデルが動いているのが分かってしまいます
もちろん、カメラもちゃんと三脚に固定していなっかたのでブレています
が、何故かすきです
ブレた写真

最後は