エンタツ&アチャコ
RORO2500
「六本木のちょい悪爺」
ブログ第十二章
今宵は
なんで・・・?大ちゃんなの?
わてが
17歳の時でおます
通学しておりました
高校から
退学処分になりますほど
アンポンタンに(笑)
飛びぬけた
やんちゃ坊主でおましたんです
聞きました話では
お袋が
心配しまして
時の吉本興業の林社長に
相談に行きました・・・そうで・・・
ある日突然
わては
花菱アチャコさんの
内弟子になりましたんです
芸能人になりたいなんて
ちっ~とも
思った事もありませんでした
その頃の
花菱アチャコさんは
全盛期でおまして・・・
ラジオに舞台に映画に
引っ張りだこのてんてこまい
内弟子となりましたわては
師匠のスケジュールに合わせ
全国を
飛び回毎日が始まりましたんです
下の写真は
わての師匠
名づけの親さん
日本で
一番最初に背広を着ました漫才師
お陰さまで・・・17歳の若者が
訳もわからず
全国を旅してまわれました
テレビ局の裏側「仕組み」
ラジオ局の裏側「仕組み」
撮影所の裏側「仕組み」
大阪歌舞伎座・
大阪梅田コマ劇場
東京新宿コマ劇場
舞台の楽屋・
舞台の大道具・
小道具・衣装にカツラ
お陰さまで今でも
着物は
立ったままで
たためますんです
勿論着物の着付け・
帯の締め方・・・ばっちりです
この3年間の体験は
後の
ディスコやレストランシァター
ショーパブのオープニングに
おおいに・・・役立ちました
ところで
なんで・・・
大ちゃんなんですか?
花菱アチャコ師匠の
内弟子になりまして
一年ほどが経ちました
ある日の事でおす
アチャコ師匠「きみ・・・
そろそろ
芸名を
つけてあげないかんなぁ~」
わて「師匠ぉ~おおきに・・(涙)」
師匠に芸名をもらえる
芸人として嬉しいやんかぁ~
アチャコ師匠「きみぃ~
3つの中から
好きな芸名を選びなさい」
わて「師匠ぉ~おおきに「大泣」
アチャコ師匠「きみぃ~
ひとつは・・・東 京ノ介
ひとつは・・・石川大典」
わて「師匠ぉ~もうひとつは?」
アチャコ師匠「きみぃ~
花菱・・・の屋号をとって・・・」
わて「師匠の屋号を
いただきまして・・・??」
アチャコ師匠「花菱コチャコ
花菱コチャコってどうよ・・・」
わて「師匠ぉ~
花菱コチャコは・・・
もぅ~
むちゃくちゃで・・・
ございますぅ~
わてにはおもすぎますぅ~
石川大典が気に入りました」
アチャコ師匠「きみぃ~
花菱コチャコは
いずれ名乗ってねぇ~」
そんな訳で
18歳の中ごろに
石川大典と云う吉本興業に
所属します
芸人が誕生しましたんです
その日から
大ちゃんが誕生しましたんです
それから
芸人生活がどうぉ~
なったかって・・・かぁ~
明日・・・に・・・続きます