東北関東での大震災から10日目。死者・行方不明者が2万名を超えるという甚大な被害。支援物資の調達もままならず、40万人にも及ぶ被災者が、絶え間なく続く余震の中、寒さや空腹と闘っている最悪の状態が続いている。せめて義援金での協力をと誓うが、全ての財産ばかりか、大切な人の命まで奪われてしまった被災地の方々の痛みを思うと胸が潰れそうになる。
さらに、原子力発電所の事故による放射能汚染問題も、まだまだ安心できる状況ではない。むしろ、ひとつ間違えば大パニックを引き起こす危険性すらある。
そんな未曾有の国難の中、“生きる力とは何か?”“未来の子供たちに残せる財産とは何なのか?”という長年の私の問いに、ひとつの答えを与えてくれた人たちがいる。地震発生後も原発施設内に留まり決死の作業を行う70人の職員や命を賭して国民を守ろうとしている現場の自衛隊員と消防隊員、最後まで海岸近くに残り津波の警告をして殉職した警察官たちがそうだ。
彼らを突き動かしたもの。それは、自分の役割を成し遂げるという強固なまでの“使命感”だ。そして、他の人のために何かをやり遂げる“自己犠牲の精神”である。私たち大人が未来を担う子供たちに伝えるべきは、まさにこれではなかろうか。
ハイパーレスキュー隊の隊長は涙ながらに語った。「隊員は士気が非常に高く、よくやってくれた。残された家族には本当に申し訳ない。お詫びとお礼を申し上げたい。」
今度のような大災害に遭い、悲惨な現実に呆然となり、打ちのめされない人間はいないだろう…。しかし、あえて言わせていただきたい。人と人との絆がしっかり結ばれていて、希望を見失わずに前進できる温かな励ましがあれば、いつか試練を生きる力へと変えることができるはずだと。他人の痛みを共有し、皆で助け合う精神こそ、幾多の困難を乗り越えてきた人類のかけがえのない財産である。明日を生きる子供たちに、物質的財産よりもはるかに尊いものを残していこうと。
高齢者が多い避難所で、率先してトイレ掃除をする小中学生や、「先生役」として小学生に勉強を教えている中学生のことが新聞に載っていた。自分ができることをして、周りの人々を少しでも助けたい。そういう思いやりを体得したこの子たちが、辛い体験を乗り越えて、大きな生きる力を手に入れることを願わずにはいられない。