ご無沙汰すぎるけど…私は元気です!
近況としては 色々な出会いや別れを経て(備忘録として残したいのでいずれ書こう)今はまた 中華系の彼。


懲りないのか。😅
たまたまなのか。😃
縁があるのか。🙄⇦最近よく使うお気に入りのお顔



そんな中、親しいローカル友と話していて、 中華系の文化の中で [家族や親に彼女を紹介する]ということについて

それは未来の奥さんになる人って思ってないと紹介しないよ❣️

と言っていた。

単に、(お年頃でシングルでは親も心配してるかも?!)親を安心させるため、とかそういうことではないのかな🙄
と思い

彼本人に聞いてみたら 
日本では違うの?と 答えになってないよーななってるよーな返答。


これに対して日本人友達(男性1)は
たまたま親と彼女を合わせる機会があれば(結婚までは考えていなくても まぁまぁシリアスであるならば)紹介するかな。と。

日本人友達(男性2)は
自分の場合はもう(年齢が年齢なので)結婚考えてなかったら紹介しない、とのご意見。

シリアスであるという共通点はあるものの、紹介1つにも文化の差は存在するのだろうか…🐣🐣🐣

最後にブログを更新してから気がつけば1年半以上もの月日が流れていた。

お別れ後の彼とのことは これだけ時間が経ってもまだ鮮明に覚えてる。

そのあと別の人とも付き合ったし、いろんなことがあったけど 大事なことはいつまでも心に残り続けるものなのねーリボン



そうは言っても彼のことを思い出して書くのは久しぶり。
あたしは今このブログを常夏の国から書いている。

まさか あの最後のときに 自分が日本の外へでて暮らすことになるなんて考えてもいなかった。
人生は本当に不思議(笑) 何が起こるかわからない、ハプニングだらけね!!


彼はその後、親の強い押しもあって別の女性と結婚。
今も青島に住んでいるのでしょう。

この女性がどんな人かは全く知らない(中国人女性であるということしか。)し、
会ってどれくらいで結婚したかはわからないけど お見合いらしい。


結構スピード婚だったと思う。


複雑な気持ちも一瞬あったけれど 彼は本当に情が深くて優しい人。
話も面白い。
この人を旦那にした彼女、あなたはラッキーだと思うぞ合格



彼とあたしは日本と中国との間のいろんな問題についても話し合いました。
そんなの乗り越えて幸せに過ごしている国際カップルも知っているけれど

昔青島で日本の企業の襲撃事件があったときに彼は言ってた。

「あなたはやっぱりここへ来なくてよかった。あなたが僕と一緒にいない一人のとき、僕はあなたを守ってあげられない」


そうだと思う。
だって中国語わかんない、顔だってどっからどーみても日本人ってバレるあたし。
(ピグ写真参照!)



日本車を持ってる人たちは当時みんな隠していたみたいだし、彼のように日本食を扱うレストランは一時的に閉めることを余儀なくされたそう。


今ここでも中国と日本のニュースをよく目にするけれど
中国でも日本でもないこの国では結構平等な第三者の立場で報道されているなって思う。


あたしは中国って嫌いじゃないんだよね。
なんていうかあのマンパワー、強くなければ生き残れないぜ!って感じが
なんてゆーか・・・やる気をくれる?(笑)

いやいやでも真面目に 日本が変わらなくちゃいけないところはたくさんある。
素敵なとこもたくさん、でももっと改善点にも目を向けていかないとね。


またまた約1年ぶりになってしまいましたが。。


放置してるけど辞めてはいなかったでしょ!戻ってきたでしょ!べーっだ!(笑)

なぜ戻ってきたのかというと、ここは彼とのblogなので ここには書いておくべきだ、と思うことがあったからです。





実は彼とは6月にお別れハートブレイクしました。
「えっ!!!」って思う人も
「やっぱりね…」と思う人もいるかもしれませんね。。


理由はというと、…結婚のタイムリミット。
ここにもさんざん書いてきましたが、彼は付き合い始めた頃からずっと結婚の話をしてたの。
自分と付き合うということは結婚も視野にいれてほしいと。

視野にいれてなかった訳じゃない。
ずっとずっとそれを話されていたの結局あたしはそれにこたえることができなかった。
このまま先のばしになったらいつ話が叶うのか、彼も彼の家族も限界だったよう。


言葉で簡潔に書くとなんだかすごくあっさりしちゃうね。
けれど実際はとてもとても苦しかった。

ある夜、友達と飲んでいて突然、本当に突然に
「今夜彼に話そう…!」って思い立ったの。
恋の話をしてたわけでもない、でもなんとなく今だって思ったの。

飲み会を途中で切り上げて四ッ谷駅で電話をかけた。
自分から切り出したくせに涙が止まらない、話も終わらない。

結局新宿駅でまたかけ直して涙まみれの夜23時過ぎ。
すごく人も多くて 絶対「あの人どうしたんだろ…」って通行人に思われていたこと間違いなしメラメラ

次の日の仕事はほんとに…てにつかなかったなぁ(笑)
口に出したら泣いちゃいそうだったからなかのいいコにも、最初口に出しては話せなかった。

しかししかし、世の中の流れって本当に信じられなくて。
6月ってまだ尖閣諸島問題とか、そこまで悪化してなかったのね。
あったにはあったけど少なくとも表面的にこんな風には絶対なってなかった。

それがいまやここまでの大事に……

続く。。







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