Kirraに最初に出会ったのはもうかれこれ20年以上前。
私が高2になる春休みにホームステイをしたステイ先のシスターでした。
年も近くて、寝室をシェアしたので、いろいろな話をしたことを覚えています。
その当時日本では内巻きカールが流行っていて、私は内巻きパーマをあてていました。
洗髪後、ドライヤーで乾かすだけで簡単にカールするので、Kirraは私の髪を喜んで乾かしてくれました。
だけど、ある日、熱風が当たって「アツっ!!」と日本語で言ったら「hot?」と英語で聞いてくれました。
Kirraの部屋の外でも、私はKirraについて歩いていました。
Kirraが家の中で走ると私も走っていたので、それを見ていたパパに「Kirraが走るとHirokoも走るから走るな」とKirraが怒られていました。
Kirraはたくさん食べるから、私もたくさん食べて、特にアイスクリームをたくさん食べて、とっても太りました。
自然に恵まれた環境だったので、一緒にマッシュルームピッキングにファームに行ったりもしました。
お互いが大学生になって、Kirraは三重県に留学しました。
その間に大阪の私の実家にも泊まりに来てくれました。
一緒に京都や奈良に観光に行きました。
奈良には弟にも一緒に行ったんだけど、私と弟の日本語での悪い冗談を理解するほど、Kirraには日本語理解力がありました。
その後Kirraに会えたのは、13年後の2011年1月。東京で。
「今度はオーストラリアにおいでね」
「うん行くね」と話したのに、そのままになってしまいました。
2011年の震災直後には、メッセージをくれました。
Kirraも、Kirraの両親も、兄弟も、友達も、みんな思ってるよって。
ただ思ってるだけじゃないよ、の付け足しもありました。
優しくてユーモアもあるKirra。
もう一度会いたかったな。
オーストラリアで。
一生懸命生きているつもりだけど、
本当に会いに行くタイミングはなかったのかなと考えてしまいます。
もっと、一生懸命生きていこうと思います。
皆様どうぞ、よいお年をお迎えくださいね。
(追伸)KirraのGood by Celebrationが大晦日に開かれ、遺灰は海に撒かれるそうです。Partyだそうです。
私もくよくよしては、いられません!
Rest in Peace, Kirra