私の一番古い記憶は3才頃。
当時住んでいた茨城の一軒家の近所にある公園で遊んでいたときに、
車で母がやってきて、トランクに入ったおもちゃを公園の前で開けて見せてくれた記憶。
母の実家がある沖縄に2つ年上の兄とふたりで向かうため、JALの飛行機に乗って、
離陸直前にCAさんから飴やおもちゃをもらっているときの記憶。
なかなか変な場面を憶えているものだなと思う。
私の家族は私が3才の時には既に別居し、一軒家の家で父と兄と私の三人暮らしだった。
母は車でしか行けない距離にあるアパートで一人暮らしをしていた。
4人でいる記憶はないが、父と母それぞれと過ごした記憶はいまだに鮮明に憶えている。
父はずっと建築一筋のサラリーマン。母は看護師。
大学生だった父が怪我をして入院した先で出会ったのが看護師で働いていた母だったと聞いた。
この3才の時は沖縄で数か月おじいちゃんとおばあちゃんに面倒をみてもらっていた時期もあった。
兄は沖縄の幼稚園にその間通っていたりもしていた。
私が茨城の幼稚園に入ってからも、学校を休みがちな兄と仕事が不規則な母が園に迎えに来たり、
幼稚園の行事で芋掘りしている農園に見学に来て「あとどの位で終わるの?」と柵の向こうから声をかけてきて終わるまで待ってたり…まあ、自由な家族だったし自分も自由だったと思う。
兄は生まれたときから心臓病で、この時から小学生まで入退院を繰り返し、手術もしていた。
私は3才の時に、既に自分の置かれている状況や立場をなんとなく把握し、元気に明るく振る舞っていた。
私は母が大好きで、園に母が突然迎えに来てるのがわかるとソワソワしていた。
なんだよ~、突然来るなよ~。という気持ちと、嬉しくて母が気になって仕方がなかった。
幼稚園が楽しくなかったわけではないが、母といる方が何倍も楽しかった。