カブールのモスク


ホテルのロビーでタバコをふかしながら待っていた僕にオーナーが一声かけてきた。

時刻は夜が明けきり、朝を迎えたばかりの頃である。


指し示される手の先を見ると中年の男性が玄関ホールをこちらに歩いてきた。

男性は、オーナーと抱き合い頬をすり寄せてイスラム式の挨拶をした後、僕に握手を求めてきた。応じると、引き寄せられてごくごく形式的なイスラム式の挨拶となった。

とても健康的でキレイな瞳を持つ男性である。外見はヒゲモジャのおっちゃんなのだが、身のまわりからは清潔感が漂い、屈託のない笑顔をこぼしてみせた。


完全にではないが安心である。オーナーの紹介であるのはモチロンの事だが、僕の知る悪人と対照的な印象だから。血走った眼やヤニに染まった黄色い歯や、無表情な目。それらから遠く離れた人物だったからだ。


僕がペルシャ語で挨拶すると、彼はニコニコ微笑みながらまるで兄貴分かのように振舞った。「カメラも大丈夫。安心してくれ。任せてくれ。」オーナーが彼の言葉を英語で伝えてくれた。彼が話すダリ語の中で、叔父という単語だけが聞き取れた。彼とオーナーを交互に手のひらを上にして指し示すとニコニコうなずくので、どうやらオーナーの親戚らしいことがわかった。


僕的に、アフガン旅行中は、やはり身の安全を優先的に考えてしまうので、常に人を値踏みするような見方をしていた。僕はいやらしいほどその考えを徹底していたと思う。

その見方で見て、この人物は合格だった。


彼は英語を全く解さないので、オーナーが僕の要望を大まかに伝えた後、オーナーに見送られ、二人連れ立ってタクシーに乗り込んだ。彼は運転席、僕は後部座席に座る。


生活の中の、朝の風景が見たかった僕のリクエストは、「二時間かけてカブール市内を回って欲しい。」だけだったので、親切なオーナーがあれこれと見所を薦めてくれた。内戦で荒れてしまったとはいえ見所は沢山あるのだぞ。と言わんばかりにあれやこれやと教えてくれた。


初めの目的地は、オーナーのお薦め。僕の泊まっていたプラザホテルより程近い、可愛らしいモスクだった。