カブールホテル前


ホテルのシャワールームにあった手桶に石鹸とタオルを入れて、ホテルを出ると夕暮れの慌しいカブールの街を一人で歩く。


ホテルを出る瞬間から気が引き締まる。
民族衣装にムスリム帽を被り、ボウボウに伸びたヒゲで変装した僕は風景に溶け込もうと努力する。

誰かに尋ねられれば「日本から来ました。」と答えるが、極力身分は明かしたくないというのが正直な気持ちだった。

街という所は良いも悪いも偏る事無く沢山の人が集まる所だからだ。


僕は、「生涯の中で出会う最悪の人に会いませんように。」、「今が生涯で最高に乗っている時だ。」この二つの矛盾する思いを胸に、「ラーイラハイララ・・・」と、もはや癖になったイスラム最強の護りの呪文を唱えながら雑踏に脚を踏み入れた。


日は暮れかかり、道に並ぶ日用雑貨の屋台の店番達がテキパキと片づけをしながら、道行く人々に最後の呼び込みを試している。

だんだんと薄暗くなっていく土気色の街を歩き、僕は家路に急ぐ人達に混じって教えられた風呂屋をめざした。


通り沿いに掲げられた目印の看板を見つけ、教えられた薄暗い路地を覗き込むと、大人がやっとすれ違える程の狭い路地の置くから蒸気が漂ってくるのがわかった。
極端に乾燥した土地で嗅ぐと、それはフルーツの香りのように鼻を楽しませた。お湯の匂いがする。どうやら風呂屋はここで間違いなそうだ。


もう、日が暮れる。早足で暗く狭い路地を奥に進むと、10メートルも行かないうちに湯気の漏れる扉が見えた。

扉を開けると、ちょうど銭湯の番台の様な、高くなった見張り台に似た椅子に座るヒゲのオヤジと目が合った。

お互い「サラ-ム。」と挨拶を交わした後、オヤジの言う金額を払い更に奥へと進すむ。歩きながら、横目でチラリと番台の向こうを覗いてみたが、そこにあるのは煤けた壁だけだった。どうやら女湯は存在しないらしい。ちぇっ。別に覗くわけじゃないんだが。


番台から奥に進むと、廊下はすぐに直角に折れ曲がり、視線に続いてその角に脚を踏み入れると奥の壁には扉が10枚程並んでいた。

ほぼ隙間無く並ぶ扉を見てスポーツ施設等のシャワールームを思い浮かべた。しかし、扉は隙間無く出入り口を覆い、天井は低く、照明は暗い。どちらかと言えば,見た目は公衆トイレの方が近いかも・・・。


どの扉を開けていいのやら。そんな事を考えていると、ちょうど僕が立っている場所の近くの扉が開き髪の毛を濡らした男が外に出てきた。

男は僕を見るなり、「使えよ。」とでも言うようにアゴで開いたままの扉を指して出て行った。


やっぱり大浴場なんか無いか。


と、廊下の奥を覗き込んだりしてグズグズしていたのだが、後ろの番台で誰かがお金を払っているようだったので、先に入られてはたまらんと思い、さっさと開いた扉に入り込んだ。


久し振りにお湯を浴びよう。これで僕もサッパリとキレイな体になるのだ。