(バーミヤン渓谷はずれの診療所。立っている男は僕の隣の席のおじさん。学校の先生だという。後ろの車でカブールへ。)
バックパックを屋根に積み、車に乗り込むと、以外に定員ちょうどの人数。
すごく得をした気分で出発。
ここに辿り着いた時と同じようにバーミヤン渓谷に立つ仏像の前を通ってバーミヤンを去る。車は何の感慨もなく走り、僕は心の中で<また来るよ>と囁いていた。
バーミヤン渓谷のはずれにさしかかると、小さな建物の前で三白眼のドライバーがハンドルを切った。
すでに自己紹介を済ませてあった隣の席のおじさんに「どうしたんだろう?」と聞くと、おじさんは「ドクトル(医者)。」と言ったきり事態の成り行きを見守っている。
乗客は全員車から降りて軽く伸びをしながら出発を待っていた。
数分後、建物から腕に点滴の針が刺さったままの病人が担架にのせられ、運ばれてきた。
ウソでしょ!?と思っている間にその患者は後部座席に積み込まれ、横になる。
覗き込むと虚ろな眼を半分開き、喉をヒューヒューと、かぼそく鳴らすおじいさんが痩せて骨皮になったその手を胸の上に浮かせて横たわっていた。なぜかて手首が宙に浮いていた。
点滴のパックを手に持ち、おじいさんの面倒をみる付き添いの若い男性がその手を柔らかく握り、胸の上にそっと置く。
カブールの病院に搬送するのだろうか?皆、当然のようにおじいさんの為に一番安定した席を空け、しょうがないよな。とお互いの顔を見合わせた。
一同車に乗り込み、自分の場所を確保する。というか、骨盤の大きさで全てが
決まり、僕は早くも片尻体制に入った。しかし、そんな座席スペースの不満よりも、おじいさんの事が気になった。
何時間も砂漠を走る車の中は蒸し風呂のようになる。窓を開けると砂まみれになるので少ししか開けられないからだ。
太陽から降り注ぐ光は熱を帯びていて非常に暴力的。
エアコンは壊れているのか吐息ほどの風も吐かず、定員大幅オーバーのランクルは飛び跳ねるように凸凹道を走った。
僕らは、車が跳ねるたびに重力から自由になり揃って天井で頭を打った。
横になって寝ているとはいえ、おじいさんは大丈夫だろうか?
付き添いの若い男がおじいさんの額に噴出す汗を丁寧に拭いていた。僕には出来る事がなにもない。
車はラウナバウト、パイモリ、と走り、カブールを目指す。たぶん同じ道なのだろうが、方向が変わると違う道に見え、僕は新鮮な気分で外の景色を眺めて尻の痛さから意識を遠ざけた。