龍兄様、日記を書く

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すべては徒然なるままに。

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あの頃、僕たちはロックンロールのうねりの中にいた。

 

かき鳴らされるギターの音

うねるようなベースの音

ケツを蹴り上げるドラムの音

彩りを加えるキーボードの音

そしてハートを揺さぶる歌声

 

あの頃の僕たちは何者でもなかったけど

なんでもない日常をロックンロールとともに生きて

バカみたいに笑ったり泣いたりして過ごしていた。

 

でも、ロックンロールを手放す岐路はそこらじゅうに転がっていた。

 

それは進学や就職だったり

結婚や子育てだったり

情熱が段々と冷めてきたり

 

気が付いたらあの頃からいま現在までロックンロールし続けている仲間は

ほんのわずか数人になってしまっていた。

 

 

本当に変なハナシだけど、

僕がいまでもギターを手にし続けているなんて

あの頃の仲間たちは誰も考えもしなかっただろう。

たいして実力や反響もないのにここまで続けてこられたということは

自分でも本当に呆れるところではある。

 

僕が所属していたサークル出身のthe campsというバンドは

あの頃に結成して20年くらい経ったいまも精力的に活動している。

結成当初はキャッチーでポップな曲でファンを魅了してきたが

ライフスタイルの変化や多くのクリエイターとの出会い、

漫画・映画等の影響を自在に反映させ

アルバムをリリースするごとに説得力があり、ときには生々しく、

人生とともに歩んできている魅力的な歌を生み出してきた。

 

 

前置きが長くなってしまった。

 

何が言いたいかというと、さきほどから度々出てきている

「あの頃」というワードについてだ。

 

いま、福岡で話題になっているバンド・NYAIは僕に大きな刺激を与えた。

 

ポップなメロディ

轟音なギターサウンド

ヘンテコなことばえらび

チープにみせるアートワーク

 

彼らのサウンドや雰囲気は20年以上前の「あの頃」が

まるで真空パックで保存されていたかのようで

それがとにかく驚きだった。

 

先に挙げたthe campsは「あの頃」からいろんな経験や歳を重ねて変化してきたグループだが

NYAIは本当に「あの頃」のまんまとしか言いようがない。

 

いやいや、改めて考えてみるとヤバくないか?

NYAIのメンバーは僕と歳がそんなに違わないと思われるが

「あの頃」のサウンドを僕くらいの歳の人たちがやると

「あの頃」を引きずっている感か懐古している感が出ちゃうだろうし

そうでなくても新鮮さを出すことはかなり難しいだろう。

 

NYAIの「あの頃」感がハンパなくかつ心躍る新鮮さの秘密は何だろう。

なかなか答えは出ない。

考えられるのは、「あの頃」をルーツにしつつ、それを自分たちで咀嚼して

他にはないオリジナリティを出しているからだろう。

そのオリジナリティというのは、サウンドは「あの頃」感がありつつも

過去のバンドで似たものがないところで、

アートワークや歌詞の言語チョイス、世界観も同様な点であろう。

 

たとえを挙げるならば

「Yumeshibai」

「Jackie chan's J」

といった曲のタイトルを見るだけでもそのオリジナリティは伝わると思う。

 

他にも要因があるとしたら、活動歴は10年以上とのことだけど

楽曲をリリースしはじめたのは数年前くらいからだから

まだベテラン感がない、というのもあるかもしれないが。

 

 

先日、NYAIのワンマンライブを観るために

福岡市大名のライブハウス・秘密に行ってきた。

 

ハコでの1ドリンクではいつもジンジャーエールをオーダーして

一口飲んだ後に「まぁこんな味ですよねー」と思ってしまう世代なので

冒頭の余興?でくるりの「東京」をプレイされたときは

「ですよねー」とついつぶやいてしまったのはナイショのハナシ。

 

NYAIの楽曲はいままでCDやサブスクリプションで一通り聴いていたが

(月並みなことを言うが)ライブで聴くと全然印象と迫力が違っていた。

 

NYAIの世界観を作り出す総元のTKちゃんさん

何度か在りし日の南野陽子かと見間違えたABEさん

目が離せないプレイを魅せる谷川シュウヘイさん

そっと後ろから見守る雰囲気だけど超ギター弾きまくるしょうへいさん

あまりツッコミが入らないポジションのジョアンナさん

 

人生の岐路でロックンロールを手放さずにここまで来た人たちの理想形って

もしかしたらNYAIかもしれないなって思わずにはいられないステージだった。

 

 

僕はロックンロールに冷めそうになりながらも手放すことなくにここまで生きてこれた。

でもそれは手放してこなかっただけで、何の価値もないものかもしれない。

 

ただMAKEYの絵を見て「あの頃」のギターサウンドが胸を疾走した感覚を

自分なりになんとかカタチにしたい。

そんな気持ちをNYAIのライブはより強くしてくれた。

 

 

段々何が言いたいのかわからなくなってきたからここらへんで締めよう。

 

「あの頃」を、そしていまもなお転がり続けてくれてありがとう、NYAI。

 

僕もまだ転がり続けてみるよ。

秘密のステージに立てる日まで。

 

まぼろし / NYAI

「己のステータスを示すため」

「センスのある空間づくりをするため」

「癒しや刺激を得るため」


絵を買う理由はいくらでもある。

ただ自分の場合は

「アタマの中でギターの音が疾走したから」

だった。


何かを見て音をカタチにしたいと思ったのはどれくらいぶりだろう。

さて、できるところからやってみようか。

まずは何曲かつくってみて、メンバー集めはそれからか。

もう一曲はアタマのなかでメロディが出来上がっている。


カンタンに自己紹介。

 

 

名前は龍兄様(ろんにーやん)。

 

高校時代に陰湿な嫌がらせを受けていたころに「ロンリーウルフ」

それが気が付いたら「烏龍李(うーろんりー)」

略して「ロン」が通称となる。

 

しばらくは「烏龍李」だったが、この名前が原因で婚期が遅れているのではないかと思い

2013年の夏に「龍兄様」と改名。

 

大学時代までは最底辺の代表格みたいな扱いを受け

「実力のない天才」

「精神年齢チンゲン菜」

「無敵の三等兵」

と絶対にバカにしている枕詞をつけられる。

 

 

大学時代は軽音サークルに所属していたが

みそっかすもいいところで楽器が上達することはなかったが

なぜか大学卒業後もそこそこ活動を続けている。

 

 

【バンド活動】

 

ギターはFのコードをギリギリ弾けるくらいの実力しかないくせに

作詞作曲活動をやってたりする。

 

はじめて楽曲をつくったのは大学4年生のときで

バンド名は「セカンドキッス」というはずかしい名前だった。

代表曲 「一人暮らし」

 

とがりすぎたフォークパンクユニット「OSOMATSU」

代表曲 「西島くんの給食費を盗んだのはボクじゃありません」

※音源・映像ナシ

 

作詞作曲してあとは上手な人たちにつくってもらうという完全分業方式をとった「WorldCafe Project」

わりとVOCALOID楽曲が多めだったりする。

さりげに地元テレビ局番組のタイアップついたりした。

代表曲1 「あなたの歌をうたうとき」

代表曲2 「ボクらの自由」

 

代表曲3 「ラピスラズリの羽」

 
あと他にもTHE STALINアニメソングのコピバンもやってたり。
 
World Cafe Projectを除けば、わりとベースを弾くことが多い。
といってもお世辞にも弾けるといえるレベルではないが。
OSOMATSUではギターを弾いていたが、ホントにカンタンなコードを弾いていただけ。
 
 

【DJ】

 

就職浪人していたころにふとしたきっかけでDJを始める。

とはいってもいまどきのDJみたいなかっこいいプレイは一切できない。

 

2005年、福岡のロックを中心としたオールジャンルイベント『Hybrid Rainbow』でデビュー。

 

同年に大分県に引っ越して以降はオールディーズやロックが中心のイベントで準レギュラーを務める。

 

2010年、福岡で絶大な人気を誇るアニメソングイベント『デルタポップ』のスピンオフ企画に声をかけてもらい

それがきっかけで2011年に大分でアニメソングイベント『ろけっと☆だいぶ』をたちあげる。

(2015年10月、事実上の活動終了)

 

2018年には魚住太郎氏主催の『氷河期世代ナイト』に声をかけてもらい、第2回も近いうちに開催予定。

 

使用機材はCDJ一体型のXDJ-R1だが、ウリであるハズのremoteboxが現在利用できないことと

rekordboxのアップデートに対応できてなくて使いづらいため新しいコントローラーを買うか検討中。

 

 

【ルーツ】

 

小学1年のころ、美空ひばりの追悼番組で流れた「川の流れのように」に心を揺さぶられ

祖父の影響もあり小学生時代はずっと演歌と歌謡曲ばかり聴いていた。

そのせいで、ZARDやWANDSを知らないことを同級生からバカにされていた。

 

中学1年のころ、同級生が貸してくれたBOφWYのシングルスと

両親がイギリス旅行のときに買ってきてくれたビートルズの赤盤が

いま思うとロックを聴くきっかけとなった。

中学2年のころ、テレビでやっていた小室哲哉特集みたいな番組をみて

TM NETWORKに興味を持つ。

以降、TMおよびメンバーのソロワークは自分の青春の象徴となる。

他にも、友人の影響でTHE ALFEEや徳永英明も聴くようになるが

高校の同級生から「そんなの聴いてんのか、だせーな」

と言われたことを根に持ち、ソイツが好きだったHi-STANDARDが嫌いになる。

※完全なとばっちり

 

大学時代は何を間違ってか軽音サークルに入部。

最初は居心地が悪かったが、BON JOVIのコピーバンドに誘われて以降

徐々にロックに興味を持つようになる。

大学3・4年のころは留年しそうになるほど青春のさなかにいて

わかりやすくいうとRadioheadの「Creep」そのまんまだった。

部屋にはJanis Joplin・氣志團・HANOI ROCKSのポスターを貼り

コピーバンドでくるり・RAMONES・Marilyn Mansonをやっていた。

 

アニメソングについて、自分に影響を与えた曲は

アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇中で歌われた「Lost My Music」で

イントロを聴いた瞬間に電撃が走ったのをいまでも覚えている。

あれがなかったらアニメソングイベントどころかバンド活動もやってなかったかもしれない。

 

 

以上、これで良いかはわかんないけどとりあえずこんなかんじで。