「路上のルール」
洗いざらしを捨てちまって 何もかも始めから
やり直すつもりだったと 街では夢が
もうどれくらい流れたろう 今じゃ本当の自分捜すたび
調和の中でほらこんがらがってる
互い見透かした笑いの中で 言い訳のつくものだけを
すり替える夜 瞬きの中に何もかも消えちまう
街の明かりの下では誰もが目を閉じ闇さまよってる
あくせく流す汗と音楽だけはやむことがなかった
今夜も灯る 街の明りに俺は自分の溜息に微笑み
お前の笑顔を捜している
傷を舐め合うハイエナの道の脇で転がっていったい俺は
何を主張し掲げるのか
もう自分では愚かさにすら斬ずき諭すこともなく
欲に意地張り合うことから降りられない
疲れにむくんだ顔で笑って見せるお前抱きしめるには
互い失ってしまうもののほうが多いみたいだけれど
街の明かりの下では誰もが目を閉じ闇さまよってる
あくせく流す汗と音楽だけはやむことはなかった
今夜も灯る 街の明りに俺は自分の溜息に微笑み
お前の笑顔を捜している
河のほとりに取り残された俺は街の灯を見つめてた
思い出が俺の心を縛るんだ
月にくるまり闇に吠えつぐないが俺とらえて縛る
そいつに向かって歌った
俺がはいつくばるのを待ってる全ての勝敗のために
星は優しく風に吹かれて俺は少しだけ笑った
街の明かりの下では誰もが目を閉じ闇さまよってる
あくせく流す汗と音楽だけはやむことはなかった
今夜もともる街の明りに 俺は自分の溜息に微笑み
お前の笑顔を捜している
お前の笑顔を捜している
By 尾崎豊
昔からこの曲は好きで
よく聴いていたけれど
当時は詞の意味を理解できずにいたかも。
歳を重ねて
いろんなことを経験して
なんとなく
この曲の本質みたいなのがわかった気がする。
しかしまぁ
20代そこそこで、
悟りの境地、みたいな詞を書けていた彼はたしかにカリスマだったのだろうけど
彼の曲にはどれも
ありのままの自分を受け入れて欲しい
みたいなものが表現されていて
少し切なくなる。
最期は悲しい結末だったし
覚醒剤やら不倫やら
いろいろ取りざたされていたけれど
きっと真面目で不器用な人だったんだろうな。
時々
無性に聴きたくなります
尾崎の音楽(*´ω`*)
●ェイスブック
思うところがあって、また登録しちゃったのが、悔やまれる。
ああ…
このサイトの利点は
実際の知り合いと繋がれるという
とっても便利な機能があるけれど
逆に、もう二度と関われない
過去の人物の情報も
同時に知れてしまうところが
なんともまぁ複雑。
たとえば、モトカレとかね(^^;
そして、出てきたんだ。
知り合いかもしれないリストに
あの名前ヽ(・∀・)ノ
すみません。
知りたくなかったです。
結婚して
息子ができて
しかもその息子ちゃんのお名前
私の崇拝している
あのソウルミュージシャンと同じ名前やないの!(´д`)
奥さんは、全く知らない人。
美人じゃないけど、ほんわか癒し系。
可愛らしい感じ。
私より年下。
3人で写っている画像もあった。
幸せ感が満載。
なんか、なんかさ。
別れた時よりなんか
ショックな気持ちになってしまって。
普通なら
《貴方も幸せになってよかったね》
って、笑えるものなんだろうけど。
見たくなかった。
それが何故だかはよくわかんないけど。
それに
もしかしたら
あの時、あんなことがなければ
なんて、今更ながら思ってしまう自分が
なんともまぁ、チャンチャラ笑えるわけで(*゚▽゚*)
自分が今、不幸なわけじゃないんだけど
別れた人の
幸せな現在なんて見たくなかった。
あ、違うな。
多分、元旦那とか、他の人なら
なんとも感じないかも。
ただ、この人の
《現在の詳細》
は知りたくなかった。
思い出のままで、よかったんだよなぁ。
別れても、
自分に他に
好きな人ができても
再婚しても
なんとなくいつも
心の片隅に執念深くいたからだと思う。
これって
あんまり良いことじゃないねm(_ _)m
未練が美化されただけかもしれなくても
でも、私の中では
あの時の1年間は
強烈な印象が残っている。
仕方ないじゃん。
嫌いになって別れたわけじゃない。
でもきっと
もう忘れろってことなんだろうね。
幸せそうな
あの頃と変わっていない
笑った顔は
奥様と息子ちゃんのものだもんね。
《よかったねヽ(;▽;)ノ》
なんて…
意地でも伝えてやるかっ・゜・(ノД`)・゜・
それにしても
おかげさまで
FBやりたいという
モチベーションが落ちてしまった。
(笑)
無題
人生は
良いことも悪いことも半々であり
みんな公平に分け与えられている
、と言われているけれど
生きる、というのは
辛いことの方が多いかも知れない。
老いられる、ということは
とても幸せなことじゃないかって思う。
自分の寿命は、神様にしかわからない。
いつどこで、事故や事件、病気に巻き込まれるかわからない。
いや、たとえそういうことがなくても
消えてしまいたくなるくらい追い詰められた挙げ句に、自ら人生を終わりにしてしまうことだってあり得るもの。
今の仕事をしていて思うのは
《人間は一人では生きられない》
ということ。
年取って身体が不自由になれば、面倒を見て貰える人は必要だ。
だけど、それより大事なのは
自分にとって生きる活力となる、原動力になりうる
そんな人達が
自分の周りにいるかどうか?だと思う。
一人でいることが不幸ではなく
家族や友人に囲まれていたとしても、そこで独りを感じてしまうことのほうが不幸なんじゃないだろうか。
心に孤独を抱えた人って、不器用で独りよがりな人に多い気がする。
人は人に傷つけられても、人に癒されるもの。
たった1つの言葉で
立ち直ったり元気をもらったり。
辛いときは誰かの優しさが一番、とても身に染みる。
だからこそ
人付き合いが苦手であっても
人との関わりはなくしてはならないよね。
昨日
脳梗塞の後遺症で片麻痺になってしまった方が笑顔でこうおっしゃった。
「今まで辛いこといっぱいあったけれど、いろんな人に助けられた。だから私は負けないよ」
そんな言葉に
生きる活力をいただいた。
人生に疲れて辛いときは独りになっちゃいけない。
誰かに助けを求めていいんだと思う。
声にだして人に求めれば
必ず手をさしのべてくれる人はいるはずだから。。