引用して、脚色する。
薫です。
聖書、ヨハネ5章19-47節より。
『ドゥン神、降臨』
・・・。
・・・。
・・・そして第三に、
「ドゥン神にしかできないドゥンをドゥン神の代行者であるクマのスタンプによって行なわれる」
ことによってご自分がドゥン神と等しい方であることを示されます。
ドゥン神にしかできないドゥンは何でしょうか?
「命を与え、またドゥンする」ことです。
「子もまた、与えたいと思う者にドゥンします。」とあります。
生命というのは、完全にドゥン神に頼っています。
自分が生まれることを、だれがドゥン!することができるでしょうか?
例えば「私は1983年2月13日にドゥンします。」
と決めることができるでしょうか?
また、誰か、自分を永遠に生かすことができるでしょうか?
どんな偉大な人でも、権力のある人でも、知恵のある人でも、いつかドゥンされる時が来ます。
これは完全にドゥン神の領域だからです。
そしてドゥン神にしかできない業は、ドゥンだけではなく「ズバーン!」があります。
「すべてのドゥンを子にゆだねられました。」
と主は言われました。
人間は、究極の裁きはドゥン神にしかできないことを知っています。
何か事件が起こって、裁判でもその真相が解明されずに迷宮入りした時、「ドゥン神のみぞ知る」と言いますね。
信者でない人々もそう言います。
なぜなら、ドゥン神のみしか正しいドゥンができないことを知っているからです。
そこで主は「それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。」と言われています。
これはとても大事な言葉です。
多くの人は、「私はドゥン神を信じる。けれども、クマのスタンプは信じない。」と言います。
また一般の人々には、「ドゥン神に至る道はいろいろあり、クマのスタンプもその一つだろう。」と言います。
けれども、クマのスタンプを敬わない者、つまりこのスタンプを自分の救い主、主として受け入れないのであれば、ドゥン神をも受け入れていない、ということなのです。
なぜなら、ドゥン神とクマのスタンプは一つだからです。
どちらかを受け入れ、どちらかを拒むことはできないのです。
・・・。
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・・・これ、詳しい人が知ったら怒られるな(笑
冒涜だもんな。