一般的には馴染みの薄い日本刀・骨董品の買取りという仕事ですが、買取日誌を通じて少しでも身近に感じて頂けたらと思います。
第二回書道と煎茶道骨董屋から見る文人趣味でも述べましたが、筆・墨・硯・紙は書斎に必要な最も重要な道具で文房四宝と呼ばれています。
書道家にとっては不可欠な道具ではありますが、中国では北宋時代に文人趣味が確立し蘇軾などの文人官僚が自らの内面的な世界や個性を表現する手段として詩書画を重視し、書斎の道具(文房具)にもこだわりを持つようになりました。
明〜清代にかけて最盛期を迎えこの時代に文人趣味は文房古玩の蒐集や鑑賞が盛んに行われました。
長い歴史において書道具は単なる道具としてではなく骨董古美術品として愛玩されてきました。
これらの道具は骨董的価値としてどのようなところに注目すべきものなのか考察してみたいと思います。
・硯(唐硯)
唐硯は中国の硯の総称で特に四大名硯端渓硯、歙州硯、澄泥硯、洮河緑石硯に代表されます。
「端渓硯」
産地
広東省肇慶市(旧端州)
特徴
紫色を基調とした石質で、非常にきめ細かく、しっとりとした手触りが特徴です。発墨が良く美しい「石眼」や「火捺」などの自然な模様(石紋)が現れることで最高峰とされます。
主要な端渓硯の洞坑の種類と特徴
端渓硯の主要な坑は主に「峡山」と呼ばれる西江沿いの地域に位置し、大きく分けて北嶺と南嶺の坑があります。格付けは一般的に以下の順になります(上から最高級)。
・老坑(ろうこう / 水巌)
端渓渓谷の最も深い水面に近い場所(水巌洞)で採掘されます。
最高峰とされ石質は極めて緻密で滑らかしっとりとした手触り(潤い)があります。発墨の良さは他の追随を許しません。紫黒色を基調とし、しばしば「魚脳凍」(魚の脳のような白い斑点)や「青花」(青い小さな花のような斑点)、「火捺」(燃える炎のような赤い斑点)などの美しい石紋が現れます。
老坑は水面近くの水巌洞と呼ばれる一つの大きな洞穴から採掘されますがその洞穴内にはいくつかの細分化された採掘場所があり特に「大西洞」と「小西洞」が有名です。
<大西洞>
大西洞から産出される石は老坑の中でも特に石質が優れているとされることが多いです。
石紋は非常にきめ細かくしっとりとした触感(潤い)を持ちます。特徴的な石紋としては「魚脳凍」や「青花」(特に「玫瑰紫青花」と呼ばれる紫色の青花)が現れやすい傾向があります。また小さな緑色の斑点である「五彩釘」が見られることもあります。
最高級品として扱われ、清朝時代の優れた古墨と組み合わせることで最高のパフォーマンスを発揮すると言われています。
<小西洞>
小西洞も大西洞に匹敵する最高級の石質を誇りますが大西洞と比較すると石色がやや明るかったり石紋の出方に違いがあったりとわずかな感覚的な違いで区別されることがあります。
石紋も魚脳凍や青花が見られますがその出現の仕方や色の乗り方が大西洞とは少し異なると言われています。
老坑水巌の洞坑は他の坑と異なり人が腹這いでようやく通れるほどの狭い坑道が1つしかないことが大きな特徴で採掘には多大な労力と危険を伴いました。
現在は資源保護のため1998年以降主要な坑道はすべて閉鎖されているため大西洞も小西洞も新たな原石の入手は不可能であり現存する硯は非常に高い骨董的価値を持ちます。
・坑仔岩(こうしがん)
老坑と同じ山(斧柯山)の頂上近くの斜面に位置します。
老坑に次ぐ良質な石で石質は緻密で硬質です。発墨が良く実用性も非常に高いです。老坑と同様に石眼が現れやすいですが、老坑よりはやや硬い傾向があります。
こちらも主要な坑は閉鎖されており希少価値が高まっています。
・麻子坑(ましこう)
坑仔岩と同じ山に位置し、比較的広範囲に坑が散在しています。
石質は細潤(きめ細かく潤いがある)で美しい外観を持ちます。発墨も良好で汎用性が高く和墨・唐墨どちらにも適応します。良質なものは美人画に喩えられるほど麗しいとされますが、洗硯を繰り返すと鋒鋩(ほうぼう:石の表面の微細な凹凸)がやや退けやすい(摩耗しやすい)傾向があります。
こちらも主要な坑は閉鎖されています。
・宋坑(そうこう)
主に北嶺の一帯から産出されます。
宋代に開坑された歴史ある坑です。石質は端渓石の中では比較的硬めで紫色の「馬肝色(ばかんしょく)」と呼ばれる色合いが特徴です。発墨は良いですが老坑などに比べると鋒鋩がやや粗いと感じる場合もあります。実用硯として非常に優れています。
2006年時点では宋坑のみ採掘が続けられていましたが、現在では主要な坑は閉鎖されている可能性が高いです。
その他の坑
・梅花坑(ばいかこう)
宋坑と同じ北嶺から産出されます。石の中に「梅花」のような白い斑点模様が現れるのが特徴です。
・緑石坑(りょくせきこう)/ 緑端
鮮やかな緑色の石が特徴です。伝統的な北嶺の「緑石巌」と南嶺で開発された「緑端坑」があります。
<鑑識の難しさ>
現代では老坑などに外見がよく似た石質の原石が「沙浦(さほ)地区」などから採掘され流通していることがあります。これらの石は写真などの見た目では判別が難しく最終的には経験に裏打ちされた石の密度や触感で真贋を見分ける必要があります。
「歙州硯」
産地
安徽省歙県
特徴
黒色や青黒色の硬質な石で端渓硯に劣らない発墨の良さがあります。金色の縞模様である「金星(きんせい)」や「銀星(ぎんせい)」が現れるのが特徴で観賞価値を高めています。
歙州硯の価値は採掘場所である「坑」によって決まります。主な坑は以下の通りです。
・老坑(ろうこう)
龍尾山の最も古い坑で唐代から採掘されていました。石質は緻密で端渓硯に劣らない発墨の良さがあります。多くの場合美しい金星や銀星が現れます。
・旧坑(きゅうこう)
老坑に準ずる良質な石が産出される坑です。老坑と同様に希少価値が高いとされています。
・眉子坑(びしこう)
石の表面に眉毛のような細い模様(眉子紋)が現れるのが特徴です。その模様の出方によって価値が異なります。
・金星坑・銀星坑
金色の斑点や線(金星)銀色の斑点や線(銀星)が多く現れる坑です。これらの模様が銀河のように一面に広がる様子は観賞価値が非常に高いとされています。
なお、現在では歙州硯の主要な原石採掘も禁止されており古い坑の原石は非常に希少となっています。
<歙州硯の鑑賞ポイント>
最大の鑑賞ポイントは石の中に現れる自然な模様です。
・金星・銀星
光の当たり具合によってキラキラと輝くこれらの模様は歙州硯の象徴です。星の密度、大きさ、広がり方が評価の対象となります。
・羅紋(らもん)
髪の毛のように細い線が幾重にも重なった模様で、青みのある石質と相まって何とも言えない清々しさがあります。
・魚子紋(ぎょしもん)
魚の卵のような小さな斑点模様です。
鑑賞方法
硯に水を張ったり光を当てたりすることでこれらの石紋が浮かび上がりより鮮明に鑑賞できます。
<鋒鋩(ほうぼう)と実用性>
歙州硯の石質は硬いですが鋒鋩(石の表面にある微細な凹凸)が細かく均質にあり墨を細かく速やかに磨ることができます。これにより豊かな墨色が得られます。
実際に墨を少量磨ってみることでその発墨の良さや得られる墨色の美しさを体験できます。
<彫刻と時代の特徴>
端渓硯と同様に硯の形や彫刻も鑑賞ポイントです。唐代や宋代のものは比較的素朴で簡素な作りが多く明清時代になると技巧を凝らした精巧な彫刻が増えます。
彫刻のテーマや技法から作られた時代の背景や職人の技術レベルを推し量ります。
歙州硯は派手さはないものの使えば使うほどにその真価と渋い美しさが分かる文人好みの硯と言えます。
「澄泥硯」
澄泥硯は端渓硯、歙州硯、洮河緑石硯と並ぶ中国四大名硯の一つですが他の三者が天然石であるのに対し澄泥硯は川の底の泥を精製し成形して焼成するという唯一の人工的な焼き物(陶硯であるという点が最大の特徴です)。
産地
澄泥硯の産地は比較的広い地域に分布していますが最も有名なのは以下の地域です。
・絳州(こうしゅう)
現在の山西省運城市新絳県が最も有名です。汾河(ふんが)の沈泥を使用して作られます。
・洛陽
河南省洛陽市新安県も産地の一つとして知られています。
・蘇州
一部では蘇州産の澄泥硯も存在しましたがこれは天然石である「雘村石(かくそんせき)」を澄泥硯と呼んでいた可能性もあり歴史的な経緯は複雑です。
澄泥硯の場合、天然石の硯とは異なりどの地方のどの工房で精製された泥かという点が重要になります。
<澄泥硯の鑑賞ポイント>
澄泥硯の鑑賞ポイントは石硯とは異なりその独特の質感、豊かな色彩、そして造形美にあります。
澄泥硯の最大の魅力は焼成方法や混ぜる顔料によって生まれる多様な色彩です。
「鱔魚黄(ぜんぎょおう)」(ウナギの腹のような黄色)は最上のものとされ他にも「蝦頭紅(かとうこう)」(エビの頭のような赤色)、「蟹殻青(かいかくせい)」(カニの甲羅のような青緑色)など様々な色合いがあります。
<質感と手触り/発墨の良さ(実用性)>
陶器ですが非常にきめ細かく作られており石硯に匹敵する滑らかさを持っています。使い込むほどに手に馴染み艶が出てきます。
澄泥硯は松煙墨との相性が良いとされています。鋒鋩(微細な凹凸)が均一で墨の下りが非常に良いのが特徴です。
実際に墨を磨ることで墨の粒子が均等に降り美しい墨色が得られるかを試すのが理想的な鑑賞方法です。
<造形美と歴史>
泥を成形するため天然石では難しい複雑な形状や意匠を凝らすことができます。龍や鐘の形など多様なデザインがあります。また古い時代のものはその時代の文化的背景や技術を伝える歴史的資料としての価値があります。
・宮廷工房(清時代 乾隆年間)
清の乾隆帝は文房具の蒐集と製作に熱心で宮廷内の工房で「御墨」ならぬ「御硯」として、最高級の澄泥硯を作らせました。これらは特定の職人の個人名よりも、皇帝の意匠と高い技術力が結集した「官窯」的な作品として価値を持ちます。
・絳州の工房
山西省絳州(現在の新絳県)は澄泥硯の中心的な産地であり古くから多くの工房が存在しました。
・藺家(りんけ)三代
絳州の澄泥硯製作技術を現代に継承してきた代表的な家系として知られています。彼らの手による作品は現代における最高級の絳州澄泥硯として評価されています。
<現代の技術継承者>
2008年に澄泥硯の製作技術が中国の国家級非物質文化遺産に登録されて以降その伝統を守り革新を続ける現代の職人たちが注目されています。
林永茂(りん えいも)・林涛(りん とう)・林曉林(りん ぎょうりん)親子三代は絳州での澄泥硯製作の主要な継承者です。特に息子の林曉林は海外留学の経験を活かし窯の温度管理技術を応用して伝統的な三色から八色へと澄泥硯の色彩を増やし現代的なデザインも取り入れています。
「洮河緑石硯(とうがろくせきけん)」
産地
洮河緑石の産地は現在の甘粛省チベット族自治州卓尼県(チョネ県)の洮河流域です。
特徴
石材は激しい水流が流れる洮河の河底や深い谷間から採掘されます。この採掘の困難さ(水流をせき止めたり、潜ったりする必要がある)が、石の希少価値を高める大きな要因となっています。
端渓硯のような厳密な採掘坑はありませんがどの地域の河底から採れたかまた石質が良いかどうかが重要になります。
<洮河緑石硯の鑑賞ポイント>
洮河緑石硯の鑑賞はその独特の石色と石質に集約されます。
最大の特徴は透き通るような深いネギ色(碧緑色)や鮮やかな緑色です。この色は他の硯石には見られない唯一無二のものです。
石質は非常に緻密で粒子が玉のように細やかです。触感は滑らかでしっとりとした潤いを感じさせます。
<発墨の良さ(実用性)>
石質が良いため墨の下りが非常に速く滑らかです。これにより豊かな墨色が得られます。
<歴史的背景と希少性>
宋代にはすでに最高級品として珍重されており採掘の困難さから「幻の石」と言われるほど希少でした。この歴史的背景と希少性が骨董的価値を高めています。
洮河緑石硯はその美しい色彩から文人たちに愛され実用品としてはもちろん書斎を彩る芸術品としても非常に高い評価を受けています。
<硯の骨董古美術的な価値とは?>
中国史において硯の製作は主に石匠と呼ばれる職人たちによって担われてきました。彼らの多くは自身の名を前面に出すよりも産地の伝統や石材の良さを活かすことを重視したため絵画や書のように個人の「作家」として広く名が知られている人物は多くありません。
しかし、その中でも特に名を残し、後世に影響を与えた著名な作硯家が存在します。
・顧二娘(こじじょう)
舅(しゅうと)である名硯匠、顧徳麟(ことくりん)の技術を継承し夫の死後女性の身で20年以上にわたり作硯家として独立して活躍しました。
彼女の作品は優美で繊細、そして古雅(こが:古風で雅な趣)を兼ね備えた作風が特徴でした。石の自然な形を生かしつつ緻密な彫刻を施す技術は当時から高く評価され多くの文人や高官が競って彼女の硯を求めました。
彼女の銘(落款)が入った真作は極めて少なく現代の骨董市場では非常に高値で取引されています。北京故宮博物院などにも彼女の銘が入った作品が収蔵されています。
・唐積(とうせき)らに記録された名工たち(宋代)
宋代の文人唐積が著した歙州硯譜には歙州硯の産地である歙県で活躍した劉、周、朱といった姓を持つ11人の名工や載氏、方氏、胡氏、汪氏といった家系の職人たちの名が記録されています。
これらの情報は個人の作家というよりは産地における卓越した技術を持つ職人家系の存在を示しておりこの時代にはすでに硯師の技術が体系化されていたことが分かります。
<作硯における「作者」の重要性>
中国の作硯の世界では絵画のように個人の「作家性」が強く出ることは比較的少なく以下の要因が価値を決定づけることが一般的です。
・石材の品質
どの産地のどの坑(老坑、坑仔岩など)の石か。
・時代の意匠と技術
唐代、宋代の簡素で力強い作風、明清時代の精巧な彫刻など時代の特徴が反映されています。
・沈石友
沈石友 (1858-1917) は清時代末期から中華民国初期にかけて活躍した中国の文人(学者、詩人、書家)であり特に古硯の蒐集家・鑑識家として非常に著名な人物です。
彼は多くの名硯を収集し、それらを「沈氏研林」と名付けたコレクションとして体系化しました。彼のコレクションには端渓硯や歙州硯などの最高級品が含まれておりそれらの石質や歴史的背景について深い知識を持っていました。
沈石友は呉昌碩の芸術を高く評価ししばしば自身の名硯を見せて交流を深めました。
彼は呉昌碩に愛蔵の硯の側面や裏面に漢詩や銘文を刻むよう依頼しました。呉昌碩の力強い書体で刻まれたこれらの銘文は硯の芸術的価値をさらに高め二人の友情の証となっています。これらの「銘入り硯」は、現在骨董市場で非常に高く評価されています。
次回は墨について骨董古美術的な価値を考察してみたいと思います。
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