しかし なんだ~なあ~ 日本ておかしな国やのう


歴史認識が完全に狂ってるんよ 全国民が藤原不比等の


マインドにかかって単一民族 国民は皆天皇と同族やと思ってんねんで!


んな訳ねーだろがい! 天皇家の万世一系も全然違うやんけ 


最初に断っておくが わっしゃ別に天皇制反対とかではないねんけど


デタラメはあかんのでは? 


まず帝国時代大和民族万歳~とか 爺さんや婆さんが外国と戦争してたはな


この大和民族て日本人は全員大和や思ってるんかの~う?


わっしゃ はあ!とか言うは大和民族とかは日本人全体からやと2割もおらん


1割五分とかやん!!そやけど日本はこの人らが仕切ってるから


従うしかしゃーないちゅう話や


ところで2月11日の建国記念日 天皇家の始祖神武さんが倭国の王様に即位して


日本国が出来た記念すべき日やが こんなめちゃめちゃな話が通ってるて


意味わからんし 日本人がアホやからやろなあ!


この出来事があったんは紀元前660年縄文時代やはな


縄文時代に文字て無いやん なんでこんな明確に分かるんや?


それもこの出来事を知らしめた歴史書 古事記 日本書記は 


この出来事から約1400年後に書かれたんやろがい 


はあ~?こんなん信じてるやのう~ あほやからまあええけどね

 

ここでびっくりする話しておくは この神武さんのう~


古事記の神代が突拍子もない話ちゅ~事で 専門家の中ではスルーらしいは


わしが教えたるはこの神武さん おったんよまあ紀元前660年は


盛りスギもええとこやけど 神武天皇とは公孫恭公孫氏は燕王漢民族


この燕王と扶余が な な なんとあの邪馬台国を滅ばしたやんで


それがあの中国の複数の史書に記述が見られる(倭国大乱もしくは倭国乱)や


この定説が邪馬台国と狗奴国との内戦とかなってるんやけど それは100パーないで!


邪馬台国の卑弥呼も狗奴国の卑弥呼子も朝貢 国 中華の皇帝に一筆貰って

 

一国の王さんとして認められとるんよ その為倭国大乱とか表現される様な

 

でかい戦争は出来ない! まあ仲が悪くて小競り合いはあったけどね

 

で この倭国大乱の邪馬台国の相手こそが古事記で有名な話 

 

雲の上から降りて来た天孫族や

 

雲の上ではなく加羅国 鉄の王キムソロ軍団と公孫恭やったんよ

 

で わしのブログのタイトル部落の歴史と民族がなぜ関係あるのかと言うと

 

この外人部隊の末裔後々の大和民族に最後に挑んだ縄文人の祖先が部落民になった

 

ちゅ~話や

 

わしゃなあ~ネットにある全ての間違いを正すで

 

まずは日本人の根源はもの凄~~く色んな民族から成り立ってるんや

 

まあ古代から混じり有ってハーフ化してるんで今現在は日本民族で

 

良いかも知れんが古代はぜんぜんちゃ~うがな

 

細かく話すとキリがないんで 大まかに分けるとやな三重層

 

三つのバックバーンに分かれてるんや

 

ここで ウィキペディアに記載されてた 間違い正すは

 

問題はこれや

 

この記載の原因の箇所やがこう書いてある

【また、弥生系渡来集団が九州から畿内への拡大過程で各地に先住していた縄文系在来集団との間で摩擦、すなわち倭国大乱が起き、渡来系集団は在来集団の居る各地で防御のための環濠集落や高地性集落を作ったとの説(卑弥呼の国:冨川光雄など)もある。この説によれば、弥生系渡来集団が近畿地方にまで到達した際に両集団が協定して倭国連合政権を作り、卑弥呼邪馬台国女王をその連合政権の王に推戴して倭国大乱は治まったとする。】

これがそもそも部落差別に繋がるんよ なんでや言うとやな部落の人々は縄文系でここに書いてある弥生系と摩擦とかなってるはなあ~

つまりは弥生は天皇系と西日本の民 百姓漁師も一括りに同族みたいに書かれて 部落の人々が異民族みたになってるはな これとんでもない大間違いや

次のウィキペディア

部落の起源論争 - Wikipedia

これも異民族みたいに書かれてるは なんでや言うたら書いた人があほやから

ええでっか皆さん 特に西日本の一般人の人 弥生人は縄文人と古代中国で戦争から逃れて漂流して来た人々とのハーフ

つまりは縄文人が弥生人になっただけや それをやな 奈良県 桜井市 の 三輪山纏向遺跡を興した渡来人のマインドにかかって

自分らも天皇家ど同族や思ってるんよ 笑うしかないで

次の記事がなにを意味するかわかる?

鳥取市 青谷町あおやちょう の「青谷 上寺地かみじち 遺跡」で見つかった人骨と、骨から採取したDNAの分析から、弥生人の顔を復元した胸像を鳥取県が作成した=写真=。国立科学博物館の監修のもと復元したもので、遺伝子情報を基にした弥生人の復顔は全国で初めてという。

 

 青谷上寺地遺跡では2000年、弥生時代後期(約1800年前)の男性の頭蓋骨と脳が、ほぼ完全な状態で発見された。復元には頭蓋骨と、そこから採取できたDNAを用い、個体の約4割のゲノム(全遺伝情報)解析に成功した。

 その結果、父系は日本古来の縄文人、母系は渡来系で、頭髪は黒々とした太い毛だったことが判明。頭蓋骨の形状に合わせて表情を作る筋肉を粘土で型どりし、髪の毛は人工毛で製作した。

 日本人のルーツは、古くから列島にいた縄文人と大陸から渡来した弥生人の混血というのが定説とされる。復元された顔は、深い彫りの縄文人と、鼻が低く面長な弥生人の双方の特徴を持ち、監修した国立科学博物館の坂上和弘・人類史研究グループ長は「DNA分析を利用したことで、より忠実に復元できた。日本人の歴史の変遷を示す顔立ちといえる」と話している。

 胸像は31日から11月7日まで、鳥取市あおや郷土館で公開する。

この記事からして分るんは 戦禍を逃れて漂流渡来して来た大陸あるいは半島人とは仲良く暮らしていた訳よ

分かりましたかな? 日本で古来から税金納めていた側の人々は多かれ少なかれ先住民の血が流れて(*´ε`*)チュッチュ~話や!

分かりやすい動画みつけたので見てか

 

 

今回これで失礼するで次回は神武天皇が公孫恭やった話書きます ではね