ブログネタ:ドラマが始まったけど、次回も見るのは?
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んとね、基本的にドラマは見ません^^;
唯一見ているのが「龍馬伝」です。
ドラマが好きなわけでも、役者が好きなわけでも、大河ドラマが好きなわけでもないです。
ただただ龍馬さんが好きなのです!!
昨日も、見ましたよ~「龍馬伝」。
武市半平太…。ようやく…、ようやく武市さんの笑顔が見られた…。安堵安堵です。
今までの武市さんの描かれ方が、尋常じゃなくイライラしていたもので^^;
武市さんは、あんな人じゃない!!
でも、昨日の武市さんは良かった。
富さんとの最期のシーンが胸を打ちましたね。
泣けて泣けて…。
叶うはずのない「夢」を語る武市さん。
叶えてくれないとわかりながら笑顔で頷く富さん・・・。
お互いを思いやり、お互いを案じて。いいシーンでしたね。
ただ、ただ、武市さんが「もう無理だとわかっていても、今更攘夷を覆せない」なんてことは、言って欲しくはなかったなぁ。
前回の平井収二郎の「これで家に帰れるんですね?」の台詞と同様の違和感を感じてしまった。
武士ならば、最期まで武士の意地を通して欲しかったかなぁ・・・と思ってみてました。
でも、容堂の使いが家に来たときに、富との会話を続けているのがね…、容堂に対する最期の反乱だったのかなと思いましたけど。
それがせめてもの富に対する愛情表現っていうのも、武市らしい…。
でもねぇ、主役の龍馬さんが・・・(-”-;)
なんだろうね・・・、もう、龍馬役から下りていただきたい…福山さんには。
脚本がいけないのか、それにも増してのあの浮ついた演技…。武士じゃないよね^^;あれじゃ。
申し訳ないけど…。龍馬が、龍馬だけが取り残されているのよ。
もちろん、龍馬は幕末においては「晩生」的ヒーローってことはわかる。
あの時も、まだ、自分がなすべきことの道がハッキリしていないのはわかる。
だから、自分の夢を語らせられないストーリー展開にも、同情はするけれど・・・。
それなのに、周りの事にちょっかい出しすぎるんですよね。
自分の頭の上にハエが飛んでいるのかどうかもわからないような状態の龍馬が、
あちらで友が嘆けば心乱され解決してあげようと手を差し伸べたくなり、
こちらで友が叫べば言って助けてあげようと心を痛める…。
いままで、なんかモヤモヤして受け入れられなかった「龍馬伝」の龍馬の理由が、
この回を見てようやく原因がわかった。
これだね、龍馬がみんなの事を「助けてあげよう」としすぎる点だ。
これが龍馬伝の龍馬の最大の違和感。
誰かのために・・・。なんて、浮ついた志だろう。どんだけ偉い人間なんだろう。
それを描こうとするから、龍馬が薄っぺらい人間に見えていたんだ。
でもこれは脚本家はわかっててあえて龍馬をこういう女々しい友情路線で書いているんだろうな・・・と思う。
現に、武市さんと以蔵の行く末を案じて勝に暇が欲しいと乞う龍馬に対して
勝は「土佐に帰ってお前に何が出来る?武市に土佐から逃げ出せというのか?それとも私が悪うございましたと容堂に命乞いさせるきかい?武市はもう覚悟しているよ!」
とわざわざ言わせているからね。
それが新しい龍馬像なのかσ(’’??こんないやらしい薄っぺらの友情気質が新しい龍馬なのかσ(’’??
じょ、じょーーーーーーだんやなかですばい!!(何故、博多弁?)
そんな龍馬にだれが憧れるってんだい!この、すっとこどっこいが(*´Д`)=з
あそこで描かなきゃいけないのは、武市の行く末を案じて涙する龍馬じゃなく、
そんな理不尽な事がまかり通ってしまう社会を憂えなければいけないんじゃないの?
それが、今後龍馬が飛躍するために握り締めるべき情熱の発端になるんだから。
と、愚痴ればいっぱい出てくるけど、今回は武市さんの笑顔ですべて許します(*´艸`)
それと、ドラマの最後に、無言で登場して以蔵を追い詰める新撰組がカッコいい・・・。
原田泰造さん・・・めっちゃカッコよかった。
幕末の志士っていう感じがすごく出てた。みなぎる殺気と凛とした志。まさに泣く子も黙る壬生浪士たち。
来週に期待します♪
というわけで、期待するドラマは、やっぱり「龍馬伝」でした♪
んとね、基本的にドラマは見ません^^;
唯一見ているのが「龍馬伝」です。
ドラマが好きなわけでも、役者が好きなわけでも、大河ドラマが好きなわけでもないです。
ただただ龍馬さんが好きなのです!!
昨日も、見ましたよ~「龍馬伝」。
武市半平太…。ようやく…、ようやく武市さんの笑顔が見られた…。安堵安堵です。
今までの武市さんの描かれ方が、尋常じゃなくイライラしていたもので^^;
武市さんは、あんな人じゃない!!
でも、昨日の武市さんは良かった。
富さんとの最期のシーンが胸を打ちましたね。
泣けて泣けて…。
叶うはずのない「夢」を語る武市さん。
叶えてくれないとわかりながら笑顔で頷く富さん・・・。
お互いを思いやり、お互いを案じて。いいシーンでしたね。
ただ、ただ、武市さんが「もう無理だとわかっていても、今更攘夷を覆せない」なんてことは、言って欲しくはなかったなぁ。
前回の平井収二郎の「これで家に帰れるんですね?」の台詞と同様の違和感を感じてしまった。
武士ならば、最期まで武士の意地を通して欲しかったかなぁ・・・と思ってみてました。
でも、容堂の使いが家に来たときに、富との会話を続けているのがね…、容堂に対する最期の反乱だったのかなと思いましたけど。
それがせめてもの富に対する愛情表現っていうのも、武市らしい…。
でもねぇ、主役の龍馬さんが・・・(-”-;)
なんだろうね・・・、もう、龍馬役から下りていただきたい…福山さんには。
脚本がいけないのか、それにも増してのあの浮ついた演技…。武士じゃないよね^^;あれじゃ。
申し訳ないけど…。龍馬が、龍馬だけが取り残されているのよ。
もちろん、龍馬は幕末においては「晩生」的ヒーローってことはわかる。
あの時も、まだ、自分がなすべきことの道がハッキリしていないのはわかる。
だから、自分の夢を語らせられないストーリー展開にも、同情はするけれど・・・。
それなのに、周りの事にちょっかい出しすぎるんですよね。
自分の頭の上にハエが飛んでいるのかどうかもわからないような状態の龍馬が、
あちらで友が嘆けば心乱され解決してあげようと手を差し伸べたくなり、
こちらで友が叫べば言って助けてあげようと心を痛める…。
いままで、なんかモヤモヤして受け入れられなかった「龍馬伝」の龍馬の理由が、
この回を見てようやく原因がわかった。
これだね、龍馬がみんなの事を「助けてあげよう」としすぎる点だ。
これが龍馬伝の龍馬の最大の違和感。
誰かのために・・・。なんて、浮ついた志だろう。どんだけ偉い人間なんだろう。
それを描こうとするから、龍馬が薄っぺらい人間に見えていたんだ。
でもこれは脚本家はわかっててあえて龍馬をこういう女々しい友情路線で書いているんだろうな・・・と思う。
現に、武市さんと以蔵の行く末を案じて勝に暇が欲しいと乞う龍馬に対して
勝は「土佐に帰ってお前に何が出来る?武市に土佐から逃げ出せというのか?それとも私が悪うございましたと容堂に命乞いさせるきかい?武市はもう覚悟しているよ!」
とわざわざ言わせているからね。
それが新しい龍馬像なのかσ(’’??こんないやらしい薄っぺらの友情気質が新しい龍馬なのかσ(’’??
じょ、じょーーーーーーだんやなかですばい!!(何故、博多弁?)
そんな龍馬にだれが憧れるってんだい!この、すっとこどっこいが(*´Д`)=з
あそこで描かなきゃいけないのは、武市の行く末を案じて涙する龍馬じゃなく、
そんな理不尽な事がまかり通ってしまう社会を憂えなければいけないんじゃないの?
それが、今後龍馬が飛躍するために握り締めるべき情熱の発端になるんだから。
と、愚痴ればいっぱい出てくるけど、今回は武市さんの笑顔ですべて許します(*´艸`)
それと、ドラマの最後に、無言で登場して以蔵を追い詰める新撰組がカッコいい・・・。
原田泰造さん・・・めっちゃカッコよかった。
幕末の志士っていう感じがすごく出てた。みなぎる殺気と凛とした志。まさに泣く子も黙る壬生浪士たち。
来週に期待します♪
というわけで、期待するドラマは、やっぱり「龍馬伝」でした♪