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私は今回上野で開催されている古代メキシコ展へ
行ってきました。
メキシコや遺産がとても好きだからという訳ではないです。知ってるのなんて「マヤ文明」って名前とパイレーツオブカリビアンで出た「アステカ」って名前ぐらいで何も知りません。
しかし、広告?張り紙を見てすごく気になりました。海外の大昔の文明を感じてみたかったからです。率直な結果としては行ってよかったです。
大きなことを二つ感じました。
まず、一つ昔の感性は素晴らしいと思いました。元々私たちは、芸術や絵、映像、技術など以前の人々が培ってきたもののある中で育ってきましたが、昔の人は、見たもの感じたもの、自分のある感性、生きてきた文化の中で、0から1の芸樹を生み出します。今現在でも、0から1を生み出せる人はごく僅かいますが、それが1000年後2000年後形として残るのでしょうか?1000年じゃそこらじゃ効かない時の流れ、幾つもの季節や災害を繰り返し、今、上野で飾られています。ひび割れ、色移り、破損、念、酸化などの一つ一つの劣化が考えさせられるものでした。破壊と再生そのものでありました。
二つ目です。私は、美術館で作品を見ている人を観察するのも好きです。人は、それぞれ全て違います。想像や感性に至っては、「三角を想像して」と言われると、人それぞれ大きさ、形、角度、色など全て違います。しかし、それは、私やあなたにとって正しい三角です。私は、よく「この人はこの作品を見てどう感じているのだろう」と考えることがありますが、メキシコでは、生と死、自己犠牲、自然など多くのエネルギーがある文化であると説明を見て、入って感じました。しかし、周りは、生贄に使用された遺産物、当時の技術や作品を見て、「あれに似てる」「かわいい」「おしゃれ」「〇〇ぽいよね」と。または、色鮮やかなものに注目し、悲しい物はさらっと見るか、素通りしていく方もいました。これが今の時代なのでしょうか?良いも悪いわかりません。でも私は少し悲しくなりました。これを作るまでかかった時の流れ、相手の心情、当時の状況などは思い描けないのでしょうか?外側だけなのでしょうか?
話を戻します。やはり人間はすごいです。遺跡に関しては、設計、運搬、製造、建設など幾つもの過程を大勢の人で人力で丁寧に創造します。今の、なんでもデータやネットの見えない場所で完結し、ものがすぐ作られ、手に届く時代。それで大丈夫なのでしょうか?お金や価格というものさしだけが独りよがりに上がってるだけではないのでしょうか?
アナログという良さを見つめ直される時代が来たら今の現代はどうなっていってしまうのでしょうか?