お母さんが嫌いじゃない。

まぁ、それを言っても、このブログは彼女への恨みに溢れそうな気がする。

本当に…

ウチは19歳の時にADHD、24歳の時に自閉症と診断された。

 

ねえ、お母さん。
仕事は、特別支援学級の生徒たちと働くことだよね?

同じアパートで生きている娘の痛みを気づいていなかった。
いつも苦しいんでいるのに。
自殺したいほど苦しかったのに。
それを試したのに。

「怠け者」「感情的すぎる」
その言葉はウチのお母さんから聞いていた。♡

「したくない」じゃなくて、「できない」だった。脳内はちがうから。一所懸命頑張ったよ、あの頃には。結果はあの頃のウチの一番努力でした。高校から卒業ことも奇跡だった。でもね、あんたの娘の苦しみを無視していたのか?それですか?


中途半端な「ごめん」なんていらない。
答えを教えて。

 

 

喧嘩とかいっぱいから、自分の平和のために、必要はないなら、お母さんを連絡できない。
(同じアパートに住んでいるのに。)

彼女の人生を楽にしてようとしても、いつも喧嘩する。お前の人生をラクニシヨウトシテモ!

だから話したくない。

いつか、お金持ちになったら、お母さんの夢の家を買って、そして与える。
その後には

もう話さない。


趣味についてお母さんにメッセージで送ると、いつも🙄だけが返事。

(アメリカで、その絵文字の意味は「つまらない」「バカバカしい」という意味です。)

それだから、ウチの人生の大きな一部は彼女にはわからない。


でも、お母さんをすぐに返事しないと、怒ってる。

「お前の大好きな日本の男の子じゃなくてもちょっとだけ見て!」
Byウチのお母さん。

ひどいことですよね!

 

 

 

そして
ウチの恋愛経験とかもわからない。伝えなかったから。

学校の頃では「恋愛禁止」はお母さんのルールだった。(お兄ちゃんの学校の頃ではそんなルールはいなかった。wwww)今にもう、悪い元恋人のことはお母さんにはわからない、そして大好きだった人としていたこともわからない。

絶対伝えない、と思うよ。

 

 

 

彼女は引退するつもりだと話していた。ウチはおそらく一生働かなければならないだろう。彼女は医者に診てもらっていて、そのことをウチに話した。ウチは健康保険に入っていないので、まったく医者に診てもらえない。


ここから出たい。過去は過去だ。今を生きるしかない。後悔と傷あとが溢れても、数えても、過去は変わらない。

でも痛みをまた感じる。


お父さんといっしょに遊びたい。
カリフォルニアの前に。


明日の朝は仕事だから、眠れないとね。
おやすみなさーいおはようございまーす