Kagura鎌倉奇譚

Kagura鎌倉奇譚

1987年霜月生まれ。鎌倉在住の小説家。
2009年10月に文芸社ビジュアルアートから
処女作「巍峡国史伝」を発表。
寝子屋木天蓼公式:http://nekoya.icu
巍峡国史伝(Amazon):https://amzn.to/2xdjiZM

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割れる時計…
違和感のある霊感少女。



獣臭をさせた女と、
唸(うな)る犬。




今回は非協力的な神々と眷属(けんぞく)たち…。




澪織ちゃんの、


「私は、呪われているかもしれません」


「私…。いつか…死ぬかも、しれない」



安倍晴明神の、


「情けない。この男は本来、優秀な陰陽師であるのに」



藤原友葵貴(ゆきたか)の、


「では仮に幽霊などが居たといて、

彼らは死んでいて、生きてる人間に干渉するなんて

馬鹿げた話があったとして、貴方はそこから

学ぶことがあるというんですか?!

前世で自分が悪いことをしてしまった報いだから

今世で善行をしろとでも?!」




すれ違いと、香る一筋縄ではいかない深い闇。





不安定な飼い主、金谷美嘉さんと


「…それでも羨ましい…。仲が良くて」


「…何かが争うような大きな音が夜中に

決まってするし!
物は割れるし!家族仲が悪くなるし…

不運が重なるんです!」


「私たちが努力不足だと言いたいのですか?!」



何かにあてられたのか、獰猛になる犬、アネラの

『私は舞と祓(はら)いの為に来た。
神倉(かみくら)に向かうよう言われて。
だが来てみれば、呪いに鬼。神は動かず…
私には時間がないと言うのに…』

『私は誓っている。
絶対になさねばならない。
その為にはこの身がどうなろうと
構わない』




奇妙な関係性。





どこか傍観者となっている神々と、

「待て。神楽。まだだ」


「…神楽、今は辛抱せよ。

これは…必要な事なのじゃ」


「神楽よ。お前に責任が負えるのか?」



謎の言葉を言う神。

「星読みの民。

それから、黒く蠢(うごめ)くモノ。
追いかけないと。助けないと…」





湯船に浸かりながら悶々と考え込んだ。
昼間と打って変わって夕方からぐっと

冷え込んだ体に、湯をたっぷり張った

湯船に浸かれることほど
嬉しいことはない。

最初の頃はこの小笠原家のことだから

檜(ひのき)風呂かと思っていたが、
ユニットバスだったのを知って驚いていた。
今はもう慣れた。
が、広くて綺麗な点は未だに慣れない。

湯船から出て洗面台で着替える。

もうここから木の壁が続いている。



・・・もしやこれは、

それぞれが大変複雑な形を成しているのでは

ないだろうか?


繋がりは首の皮一枚ほどの関連性なのかもしれない。

 


あの後の澪織ちゃんの話を聞いても、

謎が謎を呼ぶばかりだった。
自分だけでは到底無理だと感じた。

ゲームならばここで様々な人間に話を聞いて、
違和感やキーワードを拾ってから、

キーマンに会いに行くのが
ストーリーを進めていくのがテンプレだ。



・・・しかし

・・・レベル上げは良いのだろうか・・・?
今の自分のレベル上げって、

何をすればいいのだろうか?


とりあえずそれはさておき、
そうと決まればすぐにでも状況把握と整理をし、
明日にでも小舞千さんと話し合いをして、

パワポ資料として
纏(まと)めねばならない!!!


ジャージに着替えて引き戸を開けようと手をかけた。

が、勝手に勢いよくドアが開く。

 



「佐竹さん!!」


「ひ?!」



目の前に思いきり小舞千さんが現れて、
人生で初めてのタイプの奇声を上げてしまった…。











6:かぐら、紫陽花の花を想う








ルイボスティーの赤茶色が、コップの中で踊る。
ジッと見ると、底の方に茶葉が少しばかり沈んでおり、
ちょっとした湖底を思わせる。
こんな綺麗な湖底などありはしないが、不意にこれが
湖だとか、池のように見える時がある。
今は…どこか寂しい風景と重なる。



「佐竹さん、腕は大丈夫ですか?」


「あ、何とか…。風呂はやはり気を使いますが。
しかし、ついついいつも通り使おうとして

痛んだりします」


居間で小舞千さんが、まだ風呂にも入らず

お茶を淹れてくれた。
一口飲めば、ルイボスティーのまろやかで、

少々甘みのある口当たりと風味が広がる。
やっと一息付けた気がして、ホッと息を吐いた。


「お疲れ様です・・・。すみません、

無理させてしまって。アネラの面倒も…」


小舞千さんがそう自分に申し訳なさそうに

言いながら向かいの席に着いた。
ダイニングテーブルの向かいに座った小舞千さんの

目の下にはくっきりとクマが浮き上がっていた。


「何を言ってるんですか。小舞千さんこそ

昨日から休めて無いでしょう?」


そう言うと彼女は少々ギクリとした表情をして

両頬をおもむろにマッサージしだした。

そうすると、狸顔がますますタヌキ顔を揉んでいる

ように見えて面白い。

恐らく、疲れが顔に出ていると思ったのだろう。


…真面目にやっているから尚面白い。

が、この疲労は本物だ。

 



“はぁー・・・”



肩から大きなため息を、2人同時にした。

何だかここに来てしばらく2人とも

こんな感じだ。


正直もはや色々なことが起きすぎて訳が

分からない状態だ。
その後聞いた澪織ちゃんの話しでさらに

頭パンパンになった所だ。
それは多分、小舞千さんも一緒だろう。



ー!!!

こんなんじゃ駄目だ!!



急に小舞千さんが

両手を思いきりテーブルに叩きつけた。


自分も、腹の中の子龍も

“ビクッ!?”と体を跳ねさせた。


「こ、小舞千さん?」


立ちあがって歩き出す小舞千さんを

目で追いかける。



「やってられませんよ!飲みましょ、佐竹さん!!

お茶で緩和できるか!この疲労!!



たくっ!!とか、自分でお茶を出して

おきながらブツブツ言いつつ、

小舞千さんは冷蔵庫…


ではなく、

ポットと厚手の濃い茶色の湯飲みを取り出し、
それからサーバー。
信楽焼の焼酎サーバーと、カップ。
しかも、サーバーは木の台付き。
それをドンドンとテーブルに置くと、

謎の辛そうな豆だとか、
漬物だとか、小魚、チーズなどを置きだした。

小舞千さんは椅子に座ると、

ポットからお湯を湯飲みに注ぎ、
それからサーバーの取っ手をひねって

焼酎を注ぎ入れた。


手慣れている…。


「実はね、佐竹さん…。私と金谷さんとで

北鎌倉方面を回ったじゃないですか?

その時の話なんですけど…」

温かい焼酎の入った、冷たい信楽焼のカップを

両手で握りながら、
小舞千さんは自分をタレ目の

大きな瞳でジッと見て

訥々(トツトツ)と話しだしてくれた。

まだちょっとついていけてないが、

自分は彼女の話に耳を傾けた。









「すみません、付き合わせてしまって…。

お店、大丈夫ですか?」

 



金谷美嘉さんは、嬉しそうな反面酷く店を気にかけて

くれていたらしく、申し訳なさそうに頻(しき)り

に聞いてきたそうだ。

そんな彼女を気遣い、小舞千さんは

目的地に行く前に、気分転換に

えびす屋の人力車を利用しようと

提案したそうだ。


人力車の方も凄く気さくな方で、

日に焼けた逞(たくま)しい男性で

きっと喜ぶと思って、

小舞千さんも楽しく過ごそうと努めていたそうだ。


何だか…何でも見目麗しい男性で
片づけようとしている気がするが、
そこには言及しなかった…。
明日の朝日を拝めなくなる。


だが、

俥夫(しゃふ)の男性の背中を、

彼女は時折辛そうに眺めていたそうだ。

彼の話もとても楽しく、

綺麗な景色や有名な寺社仏閣を見て回れたのだが…

どこか影があったそうだ。

人力車のお兄さんに撮ってもらった写真を見ても、

確かにそのような面持ちだ。

それから、まだ昼には早いので鎌倉駅に行き、

2番ホームから横須賀線成田空港行きの電車に

3分ほど揺られて、目的の北鎌倉駅に着き、

また3分ほど歩いてとある寺の前に着いたそうだ。



石の背の低い柱が門として敷地の前に立っており、
そこには「松ヶ岡」と彫られていた。

 


彼女はその前に立って、

更に寂しそうな顔をしてから苦笑した。


「ごめんなさい。今回鎌倉に来たのは…

ここに立ち寄ってみたかったこともあるんです」


そう言うと、彼女は寺の入り口にある看板を見た。


「こんなところに来ても、

どうにもならないって分かってるけど…。

苦しくて…」



松岡山 東慶総持禅寺

一般的に東慶寺(とうけいじ)と呼ばれている。

 


寺格 鎌倉尼五山二位
開山 覚山志道尼(北条時宗公夫人)
開基 北条貞時

東慶寺は鎌倉時代の弘安8年(1285)に開創された

臨済宗円覚寺派の寺院だ。

女性から離婚できなかった封建時代、

駆け込めば離縁ができる女人救済の寺として

明治に至るまでの600年間、

縁切りの寺法を引き継いできた寺。

 

後醍醐天皇皇女が護良親王の菩提を弔うため

五世住職となり、

御所寺、松ヶ岡御所とも呼ばれ、

鎌倉尼五山の第二位に列せられる

格式の高い尼寺になった。

 

江戸時代初期には豊臣秀頼の息女が

千姫の養女として命を助けられ、東慶寺に入寺。

のちに二十世天秀尼となり、

創建以来の栄華を極めた。


「出雲にて結び鎌倉にてほどき」
「松ヶ岡男を見ると犬が吠え」


そんな句も残されている。
東慶寺は男子禁制の尼寺だったそうだ。




「どうして、ここに来たかったんですか?」

 



小舞千さんは個人的な話しとは分かっていたが、

ここまで来たら聞かない方が不自然だろうと

尋ねたそうだ。


思い詰めた横顔から彼女はパッと顔を上げて…
そして彼女は眉をハの字にして

「願掛けで…」と呟き、言った。


「旦那と別れるために別居中なんですが、

その後も彼と彼の母親から嫌がらせが度々あって、

脅迫めいた嫌がらせとストーカーまがいの行動が

度々あって、心底疲れていたんです。

早く縁を切りたいと思って…。

結婚生活も本当に酷い有様でしたし…」


旦那さんは気が弱く、母親の

いいなりだったそうだ。
ここぞという時に何度裏切られて、

金谷美嘉さんが独り、

何度孤立無援になったか知れない。


それだけならまだしも、

旦那さんは酒乱であったそうだ。


「弱いのに好きで、飲むと豹変してしまって…。

恐くて、恐くて…。朝になったら記憶が無くて。

もう生活は成り立たなくなっていました」



幸い子供はできなかったそうなので、

その点は恵まれていたとも話していたという。

と、いうのも…彼女の両親との家族仲も

昔から少し歪んでいたそうだ。


「母は地主の家の長女でして、土地は減りつつは

ありますが生活には困らない程度を持って

います。自営業も営んでいるのですが、

そちらはあまり芳しくないようです。


父は町の古い中小企業の社長だったのですが、

どういういきさつかは知らないのですが、

店を畳んで婿養子になったそうです。

 

2人は何で結婚したんだろう?って思うほど

性格も行動もバラバラだったんです。

よくケンカしてましたが、婿養子なので…。

高圧的な母の父への当たり方を見て…、

父に胸を痛めていました」




幼少期にはこんなことがあったそうだ。

 

 


アネラは子犬の頃、

なんと母が勝手に動物病院へ連れていき、

捨てられそうになったことがあるという。

それを“捨てる”と見なすかと言えば

少々違う気がするが、小学生の

金谷美嘉さんにとってはそう感じたのだろう。


学校から帰ってきてアネラがおらず母を責め、

修羅場になり、泣きじゃくって冷戦状態の家に

父が帰ってきてその事を知り、

黙って一緒に動物病院に引き取りに行ってくれた。

 

 

母親に対する金谷美嘉さんの気持ちは、
敵に相当する憎悪に近いものを生んでしまったように

感じる。実際、小舞千さんが話を聞いてる間、

彼女が母親のことを話の中で良く言ったことが

一度もない上に、悪態ばかりだったそうだ。

ご両親は元々母親のほうが勝ち気で外交的な性格で、

父親は静かで職人気質な人だったそうだ。

 

口下手な父親は口が達者な母親に思っている事の

半分も伝えられずに黙っていることが多かった

ように思えたそうだ。


今は少し痴呆が入っていると言われているのだが、

本人は違うと言っているし、

単に年の物忘れか分からない状態なのだとか。


そんな両親を見ていられないのと、

婿を貰えだの、自分の仕事や土地を継げだのといった

こと以外にも様々なことに過干渉な母親と、

見るに忍びない父親から離れたくて

家を出て旦那さんと結婚したのだそうだ。

結婚後は、話した通りだったのだが…。

 

 


「別居して一人暮らしをして一年も経たない内に

産婦人科の病気になってしまって、

卵巣を片方取る手術をしなければならなくなって

しまいました。

こんなことが立て続けにあり、

実家にまた舞い戻ることになってしまったんです。

婦人科の病気の後って、

切っておしまいじゃないみたいで…

ホルモン関係なので本当に辛くて…。

普通の生活ができない日々が続きました」



サーフィンもその頃完全に諦め、

引っ越す度に持って歩いていたボードも

売ってしまったそうだ。

 

 


彼女の病気は

卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)だったそうだ。

 


卵巣嚢腫とは、

子宮の両横についている、卵子を生む卵巣にできる

腫瘍の総称を「卵巣腫瘍」と言い、

彼女の場合その腫瘍の中の

「皮様(ひよう)のう腫(奇形腫)」

というものだった。

 

これは卵巣に毛髪や歯、脂肪などを含んだ

ドロドロした塊が溜まって腫瘍になるもので、

特に20~30代の女性に多く起こり、

閉経後は稀にがん化することがある腫瘍だとか。


不正出血にはじまり、

更年期のようなのぼせた状態や、眩暈、

常に体調も悪く、

特に生理の前後とその日は

怪我をしているところを揉まれるほどの痛みと

それに伴う、発熱時のような倦怠感だったとか。

 

薬の副作用も酷く、鼻血も頻繁(ひんぱん)に

出たり…とにかく仕事どころか、

人としての生活もままならない状態が続いた。


検査期間中に卵管が捩(ね)じれて

激痛を感じてから意識が無くなり、

救急車で運ばれて

結果を待つまでも無く緊急手術となったが、

今も体調不良が続いている。


幸い、会社は流石に倒れたこともあり、

休職させてくれているそうだ。

しかし、問題は重なる。


「実家に帰ると…歓迎はされたのですが…

アネラが…。

母親は気に喰わないようでして…」


老犬で、思ったように動けないアネラを

かいがいしく世話をする美嘉さんが

気に入らないのか、

動物が嫌いなのか、

“犬は一緒に住めない”

と言われてしまったとか。




「そこから・・・

良く分からないことが

頻繁に起こり始めたんです・・・」




決まって夜だった。

 


実家の2階に誰もいない時。
とんでもなく大きな音がした。




泥棒でも入って、天井から床に落ちたのかと

思うほどだったという。




だが、そこから部屋中を暴れまわり、

壁という壁に当たりまくる
音がし続けた。
速さ的に、

人間ではありえなかったそうだ。

 

 


何かが争うような音だった。

 

 


それから、気が狂うほどの獣臭。




父もおらず、母親と2人で震えあがり
奥の座敷で気配を殺してじっとしていた。
すると、
その音は、2階の廊下に転がり出た。

 

 


母親が“ヒッ”と、小さく息を飲んだのが分かった。



すると、その音が



ンッ!ドド・・・ッッ



階段を転げ落ち、1つ部屋を挟んだ向こうの廊下。
階段下まで行くと





ンッ!!ダダ!!!




と、そこでも壁にぶち当たりまくり、
轟音と共に玄関の外へ物凄い勢いで

出ていった音がしたそうだ。

 


そこから、

かなりの頻度でそういう事が起き、


更に部屋の中の物が位置がずれたり、

 

物が落ちたり、


目の前で大きなちゃぶ台が

勝手に3メートルほどの距離を、すごい勢いで
何かにぶつかったように滑っていった時は、
あの気丈な母親が泣きだしたというから

そうとうなストレスなのだろう。


そして、その時かならず…

 

 

アネラが昨夜のように

狂ったように吠え、威嚇し、
何かを追いかけているという。


時には家族に向かって吠えることもあるとか。


金谷美嘉さん自身、寝ているときも

何かの気配を感じて上に乗っかられたりする

経験が何度かあるそうだが、

必ずアネラが走り寄ってきて何かに吠えかかり、

攻撃しているという。


金谷美嘉さんとしてはきっと何かを

追い払ってくれているんだと分かってはいるが、

確かにアネラの年齢で、温厚な性格だというのに…


狼が怒り狂うかのような覇気で何かを追う

アネラは少々薄気味悪いものを感じるのだとか。

母親が仕事の伝手などで、色々な加持祈祷の類、

祓いの類をありとあらゆる人にしてもらったが、

酷くなる一方だとか。




それから…。

 

 


金谷美嘉さん自身、

家の決まった個所に人の気配を感じることが

何度かあるそうだ。

 

 

気配どころか、人自体を見てしまったという。

勿論、“いるはずのない”人だ。



「凄い形相なんです。

大体廊下にいるんですけど…。

女性だったり、おじいさんだったり…。

多分、2.3人は幽霊がいるんじゃないかと…」

 


「いつからですか?

初めからそういう現象があったんですか?」

 



彼女は首を振る。
自分たちが来てからだと母親は言うらしい。




「その人たち、皆口を揃えて言うんです…」

 



彼女、金谷美嘉さんは花の東慶寺の庭先、
紫陽花や菖蒲が咲き乱れる前で言ったそうだ。

 



“消えろ”って・・・」









「佐竹さん・・・?」



顔を覆っている自分に、

小舞千さんが声をかけてきた。




気が付かれてはいけない。






恐怖のあまりどうにか

なりそうだったことを!!
 





何なんだ最後は!!!

普通にホラー話ではないか!!

 





「そ、それで・・・?

小舞千さんはどういう風に見たんです?」

 




平常心を装い、そう言う。

口の端がひくつくのを隠すため、

言いつつ酒を飲む。




「はい。家を見てみないと分かりませんが、

恐らく色々な要因が重なっているように感じます。

一応彼女に精神科受診の話もしたのですが・・・」




「え?!」





こちらの専門の人が、

まさか医学を持ち込んでくるとは思わず聞き返すと、
彼女はキョトリとした。



「普通…ですよね?そういう疾患もありますし。

ただでさえ彼女の精神は弱っています」


「あ、は、はい。まあ、そうですが・・・」



小舞千さんは眉間にしわを寄せて、

暖かな湯気が立つコップの中を覗き込み言う。


「私、嫌いなんです。何でもかんでも幽霊だとか、

スピリチュアルだとか…。

その根源が殆ど人間が引き寄せているのに…。

日本は八百万の神々がおられる。

その意味を分かってない人たちが…

今はあまりに多いです。

私たちは“生かされている”んです。

それは、神々だけではないです。

人々によってもです。

だから…ちゃんと…やりたいんです…」

したたか酔っぱらっているせいか、

小舞千さんが饒舌(じょぜつ)だ。
前後のつながりが無いような気もするが、

それでも…何だか分かる気がする。

彼女の話を聞いて、全く全部は分からなかった。

というか、分かるわけがない。

彼女はこれまで一人で戦って来ていたのだから。


だが、自分が実は“目に見えない世界”を

“本当に分かってない”のだ
ということが…知れた気がする。



「すでに金谷さんも精神に異常があるのかと

病院にかかってみていたそうです。

けど、精神科では何も出てこなかったそうです。

となると、やはり正確なことを判断するには…

行ってみないと分かりません。

華絵舞をするに至っては、

ほぼ何も今の所手がかり無しです」



確かに小舞千さんの言うとおりだ。

 


ここまで聞いて何も浮かんでこない。
と、いうことは…

まだ金谷美嘉さんの華絵舞は何もキーワードが
出ていないという事に…




「ん?そういえば小舞千さん。

生きている人の華絵舞って…どういうことです?」




そう言って漬物を齧(かじ)る。と、



「お前の頭は…キノコの飾りか?神楽よ」

「・・・」



自分の顔の横に、

色白で狐表な醤油顔青年がニヤケ顔で現れた。

 


青筋が

一気に3つは額と米神に浮かぶのが分かった。



「止めてやってください晴明殿。

まだ始めたばっかりで、一生懸命なだけ

なんですよコイツは。

キノコの頭もたまたまこうなってしまった

みたいで…」



烏天狗が安倍晴明青年神にそう、

やんわりと静止をするためまたもや突然現れた。


「なに・・・」


安倍晴明神は扇を閉じて、

聖人君子のような微笑みで自分に向き直り、

言う。


「何も悪いと言っているわけではない。

…むしろとても似合っているぞ。
お前ほどその頭が似合う男はいない

 


「晴明殿!

神楽は前の職場で

この頭を侮辱された傷があるんです!
これ以上は止めてやってください!」



烏天狗。

妙なフォローは逆に悪意になると知れ。



神だろうが

誰から頂いた眷属(けんぞく)だろうが、

 

 

関係ない。

 


無言で烏天狗と安倍晴明神に殴り掛かった。



「やめ!!ヤメロ神楽!!

何しやがるんだ!!俺はお前の為に…!!」




「うるせぇ!消し炭ボンジリがぁ!!」




「何で尻限定なんだよ暗黒キノコが!!

しかも、俺は鳥じゃねぇつってんだろ!!」




テーブルの先の絨毯の上でつかみ合いをしていると、




「私はボンジリより皮が好きじゃぞ。

あれは紅葉おろしや柚子胡椒とポン酢で

和(あ)えるのも、炭火焼きでシンプルに塩でも美味い」


そう言いながら狐少女は日本酒の冷を、

美しい白銀色の錫(すず)のぐい吞みで

一口飲み下した。


「あの…論点がずれてるんですけど…。

佐竹さんも戻ってきて…」


小舞千さんがまるで独り言のように
狐少女やら自分の方にやらの方へ

挙動不審に言っている。



「小舞千!イチゴある?!」
「ありません」

 



子龍がいつのまにかダイニングの椅子に座り、

小舞千に問いかけるが瞬殺されていた。

 

項垂れている。

よほどイチゴが美味しかったのだろう。

ちょっとタイミングが悪かったようだ…。

殴り掛かられたと思った安倍晴明神が

居たところには、“安倍晴明”と書かれた

人型の依り代が落ちている。




安倍晴明神本体は、

ダイニング脇に立っていたのだが…。




烏天狗と自分の依り代による幻と取っ組み合いする、
天照大御神様が遣わした烏天狗と、
この世で闇の力で右に出る者がいない

太古の鬼神を宿す生神。



ツマミの話をしながら
美味そうに酒を飲み下し続ける

七五三の少女にしか見えない稲荷、


もしかしたらこの中で一番力が強いかもしれない、

清い神の龍の子が…。
人間世界の甘い果物を貰えず項垂れている…。


安倍晴明神は部屋のカオスを見回し、
細い目を更に細め、口に扇を持ってくると



「・・・くだらない・・・」

 



と、呟いたのだった・・・。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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寝子屋木天蓼公式サイト 

 


Kagura鎌倉奇譚【壱ノ怪】第一話

 

Kagura鎌倉奇譚【弐ノ怪】第一話

 

 

 

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抜けるような青空に、
筋雲が走る。




長く細い雲も沢山出ていて、
鎌倉の空は梅雨とは思えぬ美しい青空だ。




そこかしこから良い匂いがしてきて、
両脇のお店の人から声をかけられる。



「美味しいよ!席空いてますよ!」



イワタ珈琲に行ってパンケーキを食べてみたいと
言うので、すぐそこだと思い目の前まで行くが、
定休日の文字。
ガックリと肩を落とす。

と、そこに

まだ6月だというのにすでに真っ黒に

日焼けしており、
逞しい四肢を着物から出しながら、

キラキラした目と
白い歯で歩み寄る人力車のイケメンが



「お兄さん方!ワンちゃんも一緒に

どうですか?!
紫陽花巡り、如何ですか?!」



と、無敵素敵な笑顔で言ってくる。
いいなぁ。そんな顔と体力に生まれたかった。

だが、澪織ちゃんもアネラも

俯(うつむ)いてしまった。
イケメンなのに。
方や人見知りで、片や疲れたのだろう。


丁重に断り、とりあえず行ってみたいと
言ってくれた鶴岡八幡宮まで行くが、

ペット同伴禁止なのを思い出した。


呆然と入り口の鳥居と入っていく人間を

ひとしきり見てから、
ここらへんにペット同伴可の飲食店が無いかを
調べるため、自分は携帯を取り出した。


朝から暑いので、段葛の参道の木陰に移動すると
アネラがぺったりと地面に伏せた。
澪織ちゃんが特殊な水やりのペットボトル
でアネラに水をあげている。



そして、

 


・・・思い出した。




火曜日は定休日の店がしこたまあり、
しかもこの朝早い時間にやっている店は極わずか、
しかも、

犬がいるとなると更にハードルが上がるという事を…。


自分は徐に、天を仰いだ。



ー…神様助けて。



夜の話の舌の根も乾かぬ内に。
人間とはかくも浅ましい生き物だ。



と、子龍君が囁く。



「神楽、それの一番下見て」



天啓が降って…

 

いや、服の中の腹あたりから

囁(ささや)いてきた。












 

 

5:かぐら、紫陽花の花を想う









小坪トンネルを抜け、

国道143号線を南下すると右手に

光り輝く海が見えてきた。


澪織ちゃんがタクシーの窓を

開けていいか聞いてから全開にした。


彼女のショートカットの髪が潮風に揺れる。
色素が薄いから太陽の光と海の照り返しで
この世の者かと思うほど幻想的だ。


逗子海岸が見えると、

朝だと言うのに人が沢山いて、
ウインドサーフィンを楽しんでいたり、
入る前の準備運動をしたり、賑わっている。


それを見て口を開けて見入っている彼女を見ると、
見た目と中身のギャップに思わず笑いそうに
なってしまった。



澪織ちゃんがいつの間にか振り返って

ムッとしている。



どうやら自分は知らず、笑っていたようだ。


田越川と相模湾の合流地点には

逗子海岸もあり、
飲食店が軒を連ねている。
マリンスポーツが盛んなのだが、

この田越川は釣りもできるらしい。




田越川はその源を逗子市沼間の

横浜横須賀道路の逗子IC付近に発し、
逗子市内を貫流して相模湾に注ぐ、

流域面積約13k㎡、

幹川流路延長約3.1kmの二級河川である。


田越川の河口は逗子海岸の南端に

位置しており、治水・環境面で田越川が

担う役割は大きく、

逗子市における社会、

経済の基盤を成している。


と、神奈川県が出している

「田越川水系河川整備基本方針」に

書かれている。

 

田越川でこれまでに魚類36種、

貝類・甲殻類33種が確認されているとか。

いつか釣りの上手い奴と釣りを楽しみたいものだ。

 



そんな田越川と相模湾の合流地点、

逗子市桜山に

 


“早朝営業”で、


“ペットも同伴OK”で、


“火曜定休”ではなく、


“しかも鎌倉から離れておらず、

女子にも楽しめそうで、評価の高い”

 


喫茶店があった。

 

 


「なぎさ橋珈琲」だ。



最寄り駅は逗子駅なのだが、

徒歩だと20分かかってしまう。
タクシーを利用すれば、

トンネルをくぐればすぐなので
ここは大変便利な喫茶店といえよう。

しかも

店内も落ち着いたクラシカルな雰囲気で、
店員の落ち着いた佇まいといい、

大変すばらしい喫茶店だと感じた。


アネラがいるのでテラス席なのだが、
今日は風も心地よく、

海も綺麗で最高のロケーションが
テラスから広がっていた。


江ノ島、富士山、相模湾に逗子海岸。


青い空に、映える緑の山々。


水平線に船も見える。



子龍が神様だと分かってはいるのだが、

ついつい腹辺りを撫でてしまった。

くすぐったそうに少し動くのを感じて、
何だか苦笑してしまった。


狐少女と烏天狗はあちらの2人に

着いていったので五月蠅くなくていい。


やや緊張した面持ちだった澪織ちゃんだったが、
しきりに海を見て、店を見て、メニューを見て、
目を輝かせている。




ーどうやら喜んでくれたようだ。



そう思った。

 



「好きなもの頼んでね。遠慮はしないで」



そう言うと彼女はハッとして眉を下げた。
そして俯いた。

ちらりとたまに自分の右腕の包帯を見る。


「大丈夫。これから俺の分まで働いてもらうし、

お兄さんからも慰謝料押し付けられているし、

お金の心配も、俺の心配も要らないからな。
さ、どれにする?」


本当は慰謝料なんてびた一文受け取ってない

上に、彼女にはああ言ったもんだから

楽しく働いてもらおうと思っているので
そんな風に働いてもらおうなんてサラサラ無い。

 


だが、彼女の場合…

 



「わ、分かりました!」



ホッとした表情で彼女は自分の開いたメニューを
満面の笑みで眺めていた。


こうでもしないとこうして

楽しんでもらえそうも無かった。
教師を少し齧(かじ)った程度の人間で

言うのも何だが、これは恐らく

家庭環境にも問題があると考えた。


どう考えても藤原青年との関係性は

傍目にもアンバランスだ。
それに…。彼女は恐らく小舞千さんと同じ。
所謂(いわゆる)“見える”人間なのだろう。

猫っ毛で眉より上の短い前髪の下の、

色素の薄い瞳が真剣にメニューを見ている。

この容姿もアンバランスだ。
顔色が悪く見えるほど透き通る白い肌。
赤い唇。
色素の薄い髪と目。
細い体。
けれど、その髪型は“ベリー”が付くほど
ショートカットだ。

いや、勿論に合ってないわけではない。

むしろ、素敵だと思う。
そんな容姿だから

髪形をロングにした方がいいとか、
そういうわけではない。
だが、彼女がこうしている事に…。
どこか違和感を感じるのだ。
彼女に限ってのこの違和感を、

どう拭い去ったらいいのか?
自分自身が一番悩んでいるところだった。


「決めました」


彼女がおずおずとメニューの写真を指さした。



・・・?!い、いいんじゃない?

逗子海岸にピッタリな

…フォトジェニックな選択だ



フレンチトーストに、

イチゴがふんだんに乗った、
大変女子好きしそうな

可愛らしいフレンチトーストだ。
アイスも乗っている。

 

 

 

・・・

自分には朝から無理だ。

胃腸が死ぬ。

 

 


まあだが、

さきほどパンケーキが食べられなかったばかりだ。
パンケーキもあるが、確かにこれは見栄えがいい。
そういうこともあるだろうと納得した。


が、


「…顔に、“朝からこんなの食べるのかよ”

って書いてありますけど…

しかも、言葉の端々からも…



しまった。


全身から“正直者”があふれ出てしまった。

 


いつも治そうとしているのに、結局まだ
治って無いようだ。



「い、いやごめんな。そうじゃなくて、

朝から甘いものを食べるとだな。

血糖値が上がってだな…。
えっと…たまにはいいんじゃないか?



気を悪くさせたか…?
そう思うが、彼女はおかしそうに笑っていた。



やっぱり、良く分からない。

 


アネラはしばらく心地よさそうに舌を出しながら
海を眺めていたが、

疲れたのか地面に伏せて寝始めた。


オーダーをして、やっと人心地ついた気がした。
一時はどうなる事かと思った。


火曜日は注意しないといけない。
そう思いながら水を飲む。
と、彼女は頭を下げた。



「ごめんなさい…あの時は…」

 


「ん?」



唐突に言われたものだからちょっと理解に遅れて、
生返事を返してしまった。
彼女は目を合わさず俯いたまま言う。



「付き合ってなんて嘘…。それに…怪我を…」



彼女の髪が潮風に揺れる。
海ではマリンスポーツを誰もかれもが楽しんでいて、
ここもテラス広い店内では優雅に皆思い思いに
優雅に過ごしているというのに…。

彼女の体に鎖が見えるようだ。

 

 

 

…しかし、

 

 

分かっていたとしても
心の空(むな)しさは来た。


嘘だと分かっていたのに、


ありえないと分かっていたのに、

 

 


ダメージは大きいものだ。



「大丈夫だよ。こう見えて頑丈だし、

一応都内で先生してたんだから。
もっとリラックスして、今日を楽しもう。

な?アネラ?…あ、寝ちまったか…」



そう気丈に言うと、

かすかに眉と尻尾をアネラは動かしたが目は開かず、
微動だにしなかった。疲れているのだろう。
こんな老体があんな覇気で怒り狂うなんて、

誰が想像できるだろうか?やはり不可解だ。


「それに…こう突っ込んでいいか分からないが、

多分家庭の事情とか色々あるんだろう?

学年に一人か二人はそういう

感じのがあってな。結構児相と連絡取ったよ。

あと、何だか分からんが皆俺にやたら相談
してきてな。

進路ならいいが、恋バナはキツかったよ」


そう言うと彼女は驚きながらも

最後ので笑った。そしてすぐに




「ど、どうして家庭の事情って…」



と、食いついてきた。



「勘、としか言いようがないよなぁ。

まぁ、教師時代は親とのやり取りや、
行事関係、生徒名簿なんかである程度

分かっちまうが、見てるとやっぱり違うかなぁ。

子供なのにさ、ぎこちないって言うか…。

大人びたり、と思ったらスレてみたり。

ただでさえストレスが多い、多感な時期だってのに、
歯がゆかったよ。教師にできることなんか…

ほとんどありはしない」

 



学校の教育がうんぬん。

イジメを見逃したうんぬん。
誰とかの喧嘩が元で学校辞めるだとか、
あの担任が嫌だからクラス替えしたら変えてと

言ったのにあの先生だったとか。
教師とは何なのだろうと時折思っていた。


だからって所謂(いわゆる)“教育”をしようと

すればクレームが入る。
うちの子に何すんのよってな感じだ。
それに学校側も戦々恐々だ。
碌に指導なんてできたもんじゃない。


とは言っても、学校側も学校側だ。

 


何でも言いなりになって全てに弱腰だし、
勉強しかしてこなかったから社会経験が無い。
学校というところは大変特殊な環境で、
学校という文化と世界が出来上がっていて、
とうてい社会では通用しない。
初めて学校で勤務した日に自分は衝撃を受けた。
こんなのんびりとしていて仕事が成り立つのか?!と。



学校でしか通じない時間の流れを感じたものだった。
挙句の果てに、

男の職員は女生徒と一対一で相談事や
勉強を受けてはならないと決められた。
そんなルールが日々出来上がっていく。

独自の独裁国家だ。


とは言ったものの・・・

学校は外部も絡んでくる。


文科省、教育委員会。
複雑な立ち位置だ。

政治、教育委員、親、生徒に板挟みになる教師。
ちゃんとやりたい先生方にしたら、

大変歯がゆい環境だ。

子供たちはそんな環境で一体、
どんな思考と目線で大人たちを

見ているのだろうか?


それは…今の社会がそれを

反映しているのではないだろうか?



彼らはこれから社会に出て行く。
勉強だけして、
生き抜くための勉強は一切できない。
迷いながら卒業していく子もかなりいる。



勿論これは一部の事例だ。
ちゃんと信念持って職務を果たしている先生は勿論いる。
学校もある。
だが、それが…日本の何パーセントの割合なのか?
統計を取るのも憚(はばか)られる。

ほとんどそんな学校無いだろう。

最低限人格の話になると、

安心安全に育めるのは本来“家庭”だ。
過程が機能していれば、子供たちは賢く生き抜く

力を家庭で身に着けることができる。

それは何も、

完璧な家庭が望ましいというわけではない。



自分が無条件で存在して良いと思える環境。
受け入れてくれる人。
自分を信じて社会に送り出してくれる環境など。



一人の人間としての尊厳や権利、

確固たるものが精神的にも築き上げられる。

その基盤として家庭は本来うってつけであり、

これほど確かなものは無い。

もし家庭がダメなら、

生きている過程でそういう人に
出会えれば望ましい。
中には本人の努力で自らを律し、上を見る子もいる。
そんな子には頭が上がらない想いだった。
家庭が機能不全=人格不全になる。ではない。
ただ、家庭が機能不全だと今後その子は

心の闇や傷を一生背負う事になる場合もある。

それを糧に彼らは人に優しくなったりするが、
半面、自分を疎かにする傾向がある。

 

家庭はほぼ機能不全だという者もいる。
だったらその機能不全家族という名称は
そもそも破綻しているのではないだろうか?

とにかくも、
実際、その現場の話を聞くのは辛い。
過去の話でも聞くのは辛いものがある。



子供は、無力だ。



ある程度の年齢にならなければ、

そういった環境にいる場合、
打たれるばかりになってしまう。





しかしだ。



ここに来て…。

 


あろうことか、

 

これほどまで色々と

見聞きしてきたにもかかわらず、


実際自分の家庭も似たような部分があって

知っているにも関わらず…。




どこか、夕べの神々の反応のように
自分も同様な感じ方をする時がある。




この華絵巻師というものに関わりだしてから

自分の中で何かが変わろうとしている気がする。





それを…認めるのが…恐い





「実は…母が亡くなって、母の弟である

藤原の叔父さんに私引き取られたんです」



否が応でも“オジサン”という単語に

反応してしまう。
彼女の言っているオジサンは叔父さんだ。

親族の敬称だ。
それを言い聞かせながら、

話の内容の少々の驚きと共に

彼女の話に耳を傾けた。


「父は小学校の頃に亡くなっていて…。

実はあんまり良く知らないんですけど、

あんまりいい人じゃなかったみたいで…。

親戚中から反対されてしまって…。

母は押し切って結婚したみたいなんです。

いわゆる、駆け落ちってやつです」

 


「親戚中って…凄いな」

 


「ええ…。それで、おじいちゃん、おばあちゃんも

他界してますし、親戚一同“あの男の子なんて!”

って…。私を引き取りがらなくて・・・

で、叔父さんが…」




彼女はそう言うと、

より一層表情を陰らせて俯いた。





「嫌、なのか?」
「ある意味…」




浜辺の子供が楽しそうにしている笑い声が、

潮風に乗ってテラスに吹き込んできた。
自分は足を組んでそちらを見た。

 


相模湾の海の美しい事。
緑が青々として美しい事。
その奥にけむる、

江ノ島と富士山の悠然さといったら、
筆舌に尽くしがたい。

 



「叔父が嫌いってわけじゃないんです」



澪織ちゃんに顔を向けると、

彼女は水の入ったコップを両手の指先で

コロコロと少し動かしながら、

やはりうつ向いたまま言っていた。
彼女がコップを動かすたびに、

中の氷や水が日に当たり、
川面の底のようにキラキラと水が光る。




「ただ…可哀そうだと…思って…」

 


「可哀そう…?」




そう聞き返すと、

店員さんが料理を持ってきてくれた。
澪織ちゃんの目の前には写真通りの

イチゴたっぷりのフレンチトースト。
甘い香りが漂ってくる。



で、こちらはと言うと…。

 



「塩鮭モーニングプレートでございます」



目の前に現れる赤い身。
香ばしい香りと、

きらきらと光り輝く温泉卵の白身。
内包する黄身の色がうっすら透けて見えるのが、

なんとも食欲をそそるではないか。
優しい味噌汁の香りとご飯の香り。

ノリまでついて、至れり尽くせりだ。
お茶もある。




ー最高か…ッ!

 

 



「ぷっ!!」

 



澪織ちゃんがまた笑いだした。

いつまでも終わらない笑いに
しびれを切らして言う。



「そんなに笑う事ないだろう?いいじゃないか。

ここは鎌倉にほどちかい逗子!

和食だって似合うぞ!

ハンバーガーばかりが海ではない!



その言葉に彼女はまた笑いだす。
一体何だと言うのだろうか?


美味しそうな香りにアネラが体を起こして

こちらをジッとみて、
ハッハッ…と、まるで

微笑んでいるような表情をしてくる。


「そ、そんな顔しても何もあげられないぞ?

アネラ。お前のご主人様との約束だからな」


「お腹空いた…神楽…」


「エサは朝やったって言ってたぞ?

そんな顔してもだめだ」


「でもいつもイチゴとかくれるよ?

それに、エサじゃない!

僕は神だぞ!!


って、何どっかのお子様みたいな

こと言って・・・んん?!






自分は・・・

 

 

 

 

 

いつから自然と何者か

 

 

 

 

 

会話していたのだろうか?

 

 

 

 


朝から何だか疲れているからだろうか?
それとも右手がとても痛いからだろうか?




いつの間にか子龍が人間になって、

澪織ちゃんの

上りだしているではないか!!!





んまっ!!!」





しかも澪織ちゃんの視線や行動は…、

子龍を見ているではないか!!!




「ええええ?!」




絶句しているうちに子龍は

澪織ちゃんのの上にちゃっかり座って
そして



「イチゴ…」



要求しだした。







今の話を聞いていたのか?


お前は曲がりなりにも神様だろうが!!


何ちゃっかり普通に出てきて

人の食べ物要求してんだよ?!






「はい。どうぞ」






澪織ちゃんも

 

普通に

 

イチゴを

 

あげている!!



もはや自分の方が分けわからなくなり、

パニックに開いた口に手を当てた。

 

 

 


人生で・・・

 

 

 

 

自分がこんなポーズを

自然と取る日が来るなんて・・・

 

 

 

 

思いもしなかった・・・。



でも状況は、待ったなしだった。

 





「先生、実は…」


「先生?!」


「私は、呪われているかもしれません」


「ノロ・・・・・・い?」


「私、酷い霊障にも困ってるんです…。

いつか…死ぬかも、しれない」


・・・っ?!?」





絶句する自分と、

間を開けた澪織ちゃんの間に

 

 

 


嬉しそうにフレンチトーストまで貰って

ご機嫌な子龍の顔と、
喫茶店の楽しそうな音が

現実を少しだけ臭わせる。

 

 


日を照り返す相模湾の海をバックに

 


テーブルの上では

 

 

怪異の影が不穏に一筋の煙を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Kagura鎌倉奇譚【壱ノ怪】第一話

 

Kagura鎌倉奇譚【弐ノ怪】第一話

 

 

 

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時計が、午前2:00を知らせるために、
ネジが巻かれる。





ボーン…ボーン…





と、


振り子時計の音が2回鳴る。

 

 


それからまた
時計は振り子の規則正しい音と秒針の音を

させ続けた。
6月16日になってから2時間が経過した。


それに合わせて激しい雨の音がする。

近隣の土砂崩れなどは大丈夫だろうか?
近くの川が氾濫しないだろうか?



犬が起きて唸りだす。



尋常じゃない猛り方とは正反対に、
飼い主も、澪織も泥のように眠り込んでいる。



明かりはついているのに部屋が


部屋どころか建物全体が


急激に廃病院のような薄気味悪い暗さに

なりだした。



深い闇がどんどん…空間を侵食していく。



秒針の音と太鼓を叩くような低い

 



ドン…ドン…ドン…

 



という音を聞きながら全員が辺りを伺った。

鴛鴦(おしどり)茶房の寒さに
体を震わせながら。

 





4:かぐら、紫陽花の花を想う







「・・・・・・・・・・」



犬に限らず動物は、
人の目には見えないものが見え、
感じられるという話を良く聞く。


が、


アネラの場合その域を超えていると

誰もが感じていた。

この場合普通だったら飼い主を護るために

外に向かって威嚇をするはずだ。
しかし、アネラが唸る先は…。




澪織さんだ ー・・・

 




それを、狐少女と烏天狗、安倍晴明神。

更には子龍までもが
ジッ…と冷静に見つめていた。




「…小舞千さんアネラの様子が…」


「変だ…。昼間もそうだったけど、

どうして澪織ちゃんを敵視するの…?」



チラリ



狐少女や烏天狗達が安倍晴明神を見ると、
彼もまた扇子を閉じたまま唇にトントンと

当てながら彼らを目だけで見返す。


全員、椅子から立ち上がろうともしない。



様子がおかしい。



小舞千さんはそれを傍目に指を指しながら

チェックをする。


「できる限りの防御はした…。

外の鬼は今の所…問題ないみたいです
佐竹さん」


「中がピンチですけどね…」


自分はとにかくアネラを刺激しないようにゆっくりと
歩き出そうとした。
澪織ちゃんの前に行かなければならない。

しかし。

 



「動くな神楽!!」



烏天狗が小声で静止する。
その緊迫感に驚いて止まった。


怨霊に関わる鬼の類の冷気というものは、

条件反射的に震えてしまう。

今も足に力が入らないほどガクガクと震えて

しまって、生まれたての牛や馬のようだ。


澪織ちゃんと犬との間にはテーブルがあり、

その距離は4、5メートルあるが、

犬の足ならば一瞬のうちに標的に
辿り着いてしまうだろう。


情けなさと焦りで前を向いたまま烏天狗に言う。


「何なんだよさっきからッ!」


「待て。神楽。まだだ」


「はぁ?!」


まだとは言うが、最早いつ犬が走り出しても

おかしくない状況だ。
今のやり取りも極力声を押さえて

言い合ったぐらいだ。

素人な偏ったイメージだが、

ゴールデンレトリーバーという犬種
は穏やかで優しいイメージがある。
しかし、今のアネラは

耳をぺったりと頭につけ、目を吊り上げ、
喉から低い唸り声を発し続け、
鼻の頭から目頭から深いしわを寄せ、

牙を剥いている。

 


…まるで狼のように。



昔、友人の一人に犬が大好きで多頭飼い

している奴がいた。その聞きかじりで、

「犬が人間より偉くなってしまう」何とか症候群
というものがあると聞いたことが有った。

それになると、個体によるが相当凶暴になる可能性が

あると聞いたことがある。

確かシェパードから雑種からシェルターから
譲り受けて飼っているので、犬種もまちまちな
犬たちが部屋を走り回っていて、
その内の少し年のいった大人しいシェパードが
そいつの近くに来て膝に顎を乗せて目を閉じていた。
『お前はメリハリつけてしっかり躾てる
からこんな慕われてるんだな』
そう少しの羨ましさと共に言った。

そしてこうも言った。
『でも偏見かもしれんが、飼ったことも無い

人間からするとやっぱ体が大きければ大きい

ほど恐いよな。とはいえ動物、だろ?』

そういうとそいつは悲しそうな顔をして、

シェパードを撫でた。

そして、こう言ったのだ。


『けどな、神楽。人間が悪いんだ。

犬って生き物が暴走するのは、人間が

原因なんだ。なのに、いつも犬が安楽死だ。

酷ぇよな。人間って生き物は』


古い記憶で正確には覚えてないが、

そう言って悲しそうにしていたのは覚えている。





ー・・・だが、これはオカシイ。

 妙すぎる…。





そいつの話しではそうなれば

他人だろうが飼い主だろうが
傍若無人になるという話だった。


だが、アネラの場合

まるである時突然スイッチが入ったかのように
凶暴になる。それも、特定の個人に対して。
ならばそれには当てはまらない。

 


となると・・・?
一体どうしたことなのか?
澪織ちゃんの何に反応しているのだろうか?



「何でかは分からないが澪織ちゃんが危ない。
気を反らせる」


すると、狐少女までもが信じられないことを言う。



「…神楽、今は辛抱せよ。

これは…必要な事なのじゃ」



必要な事?
必要な事とはどれのことを言っているのだろうか?

”生命の危機以上に必要な事”とは

どこを探せばこの地球上に存在するのだろうか?!

 

 

怒りに似た思いが、フツフツと湧いてきた。

 



「俺はさっき“ああ”は言ったが、

正直まだ神仏を信じる切る気になれてない。

何故なら、

そういう世界のほとんどが俺には見聞きできない
という事と、

…こういう時そちら目線で進めるからだ。
今俺たちは“ここ”に生きている。

その価値観の違いが信用ならない」



「神楽…」



思い起こされるのはやはり、仕方ないとはいえ

小笠原家で自分の鬼神の覚醒の為に小舞千さんと

庭に放り出された時だ。


あの時、本当に小舞千さんは死にかけていた。
自分の覚醒の為仕方なかったというのは頭では分かる。
だが、やはりあのような事をされてしまうと
今後もそういった命を張ることを強制的に

しなければならないシーンがあるのではないか?

と疑ってしまう。

 

 



だったら…。




「俺の人生だ。俺の好きにさせてもらう。

俺は、・・・神じゃない」



自分が請け負っていた生徒と同じ年端の子が

危険に晒されているというのに、

どう指を銜えて見ていろと言うのだろうか?


アネラが低く唸りながら一歩歩いた。
自分も動こうとした。

 

 

 

瞬間、

目の前に安倍晴明神が立った。


「?!」



ピッと扇子を自分の眉間に向かって指す。



「神楽よ。お前に責任が負えるのか?」

 


「は…はい?」



彼は目を細めた。
口を閉じた扇子で隠すが、ヒリついた空気を感じる。



「今これを妨げれば…困る者がいる。

今はいいが、後々そのツケが今より

さらに大きくなり、

苦痛を味わうのは…お前ではない。

学びと共に因果の回収が遅れ、

その者の人生を後退させる。

…寿命は決まっているにも関わらず」

 

 


まぁ、それもまた“学び”の上であって

「本来」良い事なのだが…。


そう言いながら安倍晴明神が横に避けた。
視界には怒れる狼の如く猛るアネラと、
泥のように眠り込む澪織ちゃん…。
そのソファーの影から震えながら様子を伺う
藤原友葵貴(ゆきたか)青年。

 

 



「その覚悟があるならば、お節介を貫くが良い」



そう言うと

安倍晴明神が先ほどのようにニヤリと笑った。

 



「何だと・・・?」



険悪な雰囲気のまま、神である安倍晴明神と
自分は睨み合う。

 

 

 

 



……話が矛盾していることは分かっている。





「だったら、
今目の前にいるモノは何だと言うのか?」

 

 

 

 


分かっている。

 

例えば、

目の前に好きな芸能人がいながらして、

本当に会えているのか疑ってる。

そんなようなものだ。

 

 


だが、当事者になれば分かる。




「オレは、夢でも見ているのか?!」

と、いう心理。

それから、それに基づく考え。

 

 



“今”を生きていない“実体の無い”者。
ましてや、今や人間ではない存在が、

何故肉体がある、
今を懸命に生きている者らに
上から言えるのだろうか?





「一歩間違えれば死ぬ」自分たちと

「今や神となり“悠々自適”」な神々とは






何もかもが違うではないか。

例え、どんな思惑があったとしても・・・-。








自分と安倍晴明神の睨み合いは、続いた。
どこか憂いた瞳を安倍晴明神はしていた気がする。





「ヴヴッッ!!!」






そうこうしている間にアネラが地を蹴った。





「?!」

 



全員、固唾を呑んで見守る。



「藤原さん!!」
 

「・・・・ッッッ!!?」



小舞千さんがそう叫ぶが…。
藤原青年は冷や汗をかくばかりで、
全く動けなかった。



「澪織ちゃん!!!」



小舞千さんが叫びながら、

一足飛びでカウンターから飛び出して
澪織ちゃんに駆け寄ろうとした。


が、そこには既に先客がいた。










「・・・どいつもこいつも・・・

面倒くせぇ・・・。
邪魔な蛆虫は全部、

こうすりゃいい」



赤い目、青銅色肌の鬼神が


蒼い炎を部屋一面を火の海にした。

 



「うわぁああ?!」

 



藤原友葵貴の叫び声がする。
まるで大火事の現場にいるようだ。



ー・・・蒼い炎だが。



その炎は意思を持つ。
更に猛る龍の如く、家々の隙間から外に溢れ出した。



窓から見える一面が、蒼い炎の海と化した。
ここから見える一面が、蒼い炎と鬼の断末魔で
支配された。

 



「蒼き地獄の焦土…。
悪荒湍津鬼彦神(あこうたぎつきひこのかみ)…。
健在、か…」


安倍晴明神がそう言って目を細める。



鬼神とアネラは睨み合った。
アネラは止まりはしたものの、
歯を剥いて威嚇をし続ける。





逆立つ毛が蒼い炎の火の粉と

熱風に煽られ舞い上がる。

 

 

 

 


鬼神の黒い髪と服もゆったりと揺れた。






「・・・お前はお前の主を護れと言った。・・・
この娘に牙を剥くことは許さん。3度目は
無いと思え」







と、アネラが唸る。






『私は舞と祓(はら)いの為に来た。
神倉(かみくら)に向かうよう言われて。
だが来てみれば、呪いに鬼。神は動かず…
私には時間がないと言うのに…』



「?!」



鬼神以外の全員が驚きに目を見張った。
人間以外にも勿論魂があり、言葉を伝えて来る
事はあるのだが、
ここまで人間に近い信念に基づいた
理論的な言葉を発する魂を見るのは
初めてだった。



『私は誓っている。
絶対になさねばならない。
その為にはこの身がどうなろうと
構わない』


「中(あ)てられたか…」



安倍晴明神の言葉に、小舞千が晴明神に振り向いた。



「呪いも鬼もこちらの話だ。
お前らには関係ない。
絵舞師はお前らの事を仕事にする。
誇り高き霊ならば、
狂わす所業を止めろ」



『・・・。承知した・・・。
必ずですよ。鬼神。
長くても、文月七日の申半刻

(さるはんこく)まで…。
それまでに解決し、

その夜、舞をしておくれ』



そう言うとアネラは、逆立てていた毛を降ろし
吊り上がった目が元のタレ目になり
いつもの姿に戻った。


いつもの姿に戻って思うが、
やはり先ほどの姿は異常だった。
オーラが違うと言うか、
気迫も、表情も違う。
何やら大きさまで違う気がしてしまう。


アネラが戻ると、金谷美嘉や澪織も起き出した。
そして、部屋の明るさと温かさが戻ってきて、
喧騒も無くなった。


必ず出ると言われている廃病院の雰囲気から、
いつもの暖かな大正浪漫溢れる

「鴛鴦(おしどり)茶房」に戻ったのだ。



これの変化も毎度目を見張るものがある。



小舞千を始め、

神々も一気に力が抜けたのが分かる。



「あの…何かあったのですか?

皆さんこんな時間まで
ずっと起きてたのですか?」



金谷美嘉がきょときょとと辺りを見回して

笑いながら言う。
その顔と言葉を聞くと、

元に戻った実感がわくというものだ。
澪織は自分のソファ横にいる叔父を見たり、

自分たちの様子を見たりと忙しなく、

そして不安げな顔をしている。

小さな混乱が生じている中、

カウンターの無残な割れた時計と、
窓際で寝ている年老いたアネラを見た。

 

 

 

 


そして、難しい顔をしている安倍晴明と目が合った。






その睨み合いの中で安倍晴明は

声に出さず、こう言っていた。



「本物は本物しかなりえませぬ。
…貴方様は、どちらでありましょうや?」




不快さに顔を曇らせると、
安倍晴明はニヤリと口角を持ち上げて見せた…。













「はい!では藤原さん!

お仕事いってらっしゃーい!!」



小舞千さんが、

朝早くから鎌倉駅前で声を張り上げる。

 


時刻は午前8時。駅前はサラリーマンやOL。
都心の学校へ向かったり、

鎌倉内の学校へ向かったりする学生に
加え、観光旅行者でごった返している。
小舞千さん曰く、この時間が一番人が混むらしい。


横須賀線内と湘南新宿ラインは人のイモ洗いですよ!


と、何故か嬉しそうに教えてくれた。
藤原青年がこの後その電車に乗ると言うのに…。


自分はここから学校へ出勤していた時は

朝が早すぎていつも座れていたので

それは知らなかった。
学校と言うところは職員は大変早い時間に出勤する。
生徒がその二線とあと中央線、中央総武線を使う者が
いつも遅刻していたが、そういう状況も大いに
あっての遅刻なのだと今更実感している。

その大混雑の人ゴミで大声を出すと少々恥ずかしい。
とにかく人でごった返している状態だ。




いい笑顔だから言えないのだが。



「あの、本当にいいのですか?

澪織(みおり)を預かってもらってしまって…。
しかも、私ですら泊ってもいいなんて…」


送り出す側の列にいる澪織ちゃんを見てから

藤原青年は言う。

それに澪織ちゃんが気まずそうにした。

そう、何故総出で鎌倉駅に朝からいるのかと言うと、
今日の朝ご飯の時に帰る話になると

澪織ちゃんの様子が少々気になった。

先程までこちらの話をちゃんと聞いていたのが、
少しぼんやりしたりして暗い顔になったからだ。
と、狐少女が唐突に


『この絵舞が終わるまでここに居させて

やっとくれ、小舞千。

ついでに腰抜け陰陽師男もな』



そう言いだしたのだ。
小舞千さんが少々驚きながらもそれを澪織ちゃんに
提案すると、とっても目を輝かせて瞬時に…

どころではなく、

言葉に被せるほどの刹那に“yes”

言ったのだった。


初めて見た笑顔だった。

 


それに藤原青年は提案時には少々迷惑そうな顔を

していたが、その笑顔を見ると何も言えなかった

らしく、頭を下げてきた次第だ。


で、また金を財布から出そうとしてきた。
チラッと見えたがかなりの額を渡してきそうだった。


一体どんな仕事をしてるんだ・・・?



そう脳裏に過(よぎ)る。
小舞千さんとそれを断っていると澪織ちゃんが
喫茶で働かせて欲しいと言い出した。
袴も着たいし、アルバイトしようと思っていた。
と言う。

お金は要らないから。
これからの経験に生かしたいから。

そう頼み込まれてはもう受け入れるしかない。
7月7日までを期限として、
早めの夏休みということにし、
楽しんでもらう事にした。

と、金谷美嘉さんが少々控えめに言う。



「実は行きたい所があるんです」


そう言われて何となく皆で鎌倉の観光が決まった。
だが、藤原青年は今日は仕事に行かなければならない。
という事で駅前まで見送りに来たのだが、
藤原青年は念押しとばかりに聞いてきた。
あまり聞いては先ほどのくだりもあり、

澪織ちゃんがまた気まずい想いをしてしまう。
ただでさえ学校に行けてないという事だったのに。

その気まずい空気を、小舞千さんは明るく破った。


大丈夫、大丈夫!私たち相談事も

引き受けることは良くありますし、

その過程でこうなることも
本当に良くありますから!!朝飯前です!!
むしろ、Welcomeです!!!


凄い事を言っているがどうしたのかと
横にいる小舞千さんを見る。



・・・-うん。目が笑ってなかった。
  それどころかもう

  怒りに身を焦がしていた。




ー今日の小舞千さんにもあまり余計なことを

   言わないでおこう…。


そう、心に誓った。

 


藤原青年はホッとした表情をして深々と腰を折り、
鎌倉駅の注連縄(しめなわ)を潜って

ホームに向かった。


「さて!では鎌倉観光に参りますか!!」


小舞千さんが珍しく張り切って、

晴れやかに言うものだから
しげしげと見てしまった。

それから、
金谷美嘉さんの表情も見る。
彼女も何だか安堵の顔だ。

恐らく、1人で観光するには心許なかったのだろう。


が、



「澪織ちゃん?」


「あ、は、はい!!」



彼女だけは何だか顔色が悪い気がした。
顔もどこか暗い。


「澪織ちゃん、あんまり行きたくない?

具合悪いとか?」


そう言うと彼女は口に手を当てて目を泳がせる。
そして、少ししてから『いいえ。大丈夫です』
と呟くように言う。

彼女は何かと葛藤しているように見えた。
小舞千さんと思わず顔を見合わせる。

が、

どこかムッと顔を歪ませる小舞千さん。


ー・・・何だ?何を怒ってるんだ?


全く見当がつかない。
そう言えば昨日も結局話し合いができずに

終わってしまった。
何だかモヤモヤしているのはお互い様だろう。
前回は2人でかなり綿密に相談し合っていた分、
不安が募る。

その小舞千さんの表情が更にムスッとしてきた。
 

 

 

 

・・・気がする。




冷や汗が流れた。

 

 

 

 

 


話を変えようと、昨日から気になって
調べていたことを口に出してみた。


「あ、そういえばこれから行くお寺は

ワンちゃんが入場不可な場所とか、

抱っこのみ可っていうところが
あるんですけど…」



どうするか聞いておこうと思っていたのだ。
と、金谷さんは顔を青ざめさせた。


「え?!抱っこですか…?!お寺ですよね…。
この子こう見えて結構重いので…

無理かなぁ…ずっとは…」


やはりそうか。
ゴールデンレトリーバーを入場からずっと抱えて
歩くなどとても無理だ。
階段がある寺社仏閣も多いし、
何よりどこも敷地が結構広い。
腕が死んでしまう。


「じゃあこうしましょう!!」



小舞千さんが提案した通りにすると、

何故か2つの部隊に分かれた。




「へ?」


「私はこれから金谷さんの希望に沿って

観光案内をします。
で、佐竹さんは怪我人ですし、元教師

だったのでアネラちゃんの散歩を

澪織ちゃんとしてのんびりしてください。
澪織ちゃんはしっかり佐竹さんに

奢ってもらって楽しんでね!!」


と、小舞千さんが言い出した。
半ばヤケクソのように。
目が死んでる。



ー何だって?!何そのメチャクチャな理由!!

 もはやこじ付けのレベルだぜ?!
 それに、何故別々に動くことになるんだ?!
 そんなの澪織ちゃんが嫌に決まっている

 だろう!!


「分かりました」


耳を疑った。
その為に2秒ぐらい反応が遅れてしまった。


「え?!分かっちゃったの?!


素直に言葉が口をついて出てしまった。
思わず澪織ちゃんの顔を見て。

それに金谷さんが笑って、なんと澪織ちゃん

までもが笑いだしてしまったではないか。
笑うと可愛らしい顔がさらに可愛くなる。


それにしても…。


澪織ちゃんが何を考えているのか分からない。

そして、

自分から提案したのに未だ仏頂面をして

死んだ目で自分を睨んでいる小舞千さんも、

全く何を考えているのか見当もつかない。




ー女心と秋の空…。まさか、こんなに難解だった

 とは 思わなかったぜ…。教師やって相談受け

 まくってたからって…、 いつのまにか

 天狗になってたんだなぁ…。



かくして、やや不協和音を奏でた2つのチームは、
鎌倉駅で全く別々の方向へ歩いて行ったのだった。

 

 

 



「・・・」

 



その背中を
安倍晴明神、狐少女、烏天狗は

黙って見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Kagura鎌倉奇譚【壱ノ怪】第一話

 

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