日々思う事がある。それは日々忘れていて、日々気付かされる。人間としては情けない限りだが、人生の浮き沈みが激しい方なので、感情の乱れも多いと思う。とにかく落ち込む…底に着いたらまた、底が抜けるほど、終着のない底に落ち続ける事が多々ある。
「なんでそうなる?」
「もっと我慢しなくては」
「悪いのはこっちだ…」。
思い込み、自分の違和感を騙す…全ては掌程の世界を廻す為。
そんな時に自分を助けてくれるのが、音楽と過去だ。
目玉グリグリの可愛かったあの娘は常に僕の側にいた。毎日の保育終了後、延長保育で、それこそ2歳から6歳になるまで。人懐っこい女の子だった、特に嫌われるような事もなく、気が付けば親に振り回されて退園だ復園だとだいぶ揉めた…でも、なんだかんだで何故か僕の隣にいた…。
時は経ち、どん底だった僕たち家族は、嫁の体調不良もあり晩飯にうどんを食べにいった。
モヤモヤしながら注文し、思ったよりも食べれない程、精神的に追い込まれていたが、帰る間際に嫁が呼び止められる…。
「〇〇さんですよね?私□□です、先生ですよね?」
過去が現れた。
それは成人したあの娘だった。
車に息子を乗せて待っていた俺に、嫁が慌てて教えてくれた。
「□□ちゃんだったってよ!」
ご時世、マスクで顔半分隠れているので、なかなか記憶の顔認証が効かない。
それでも名前だけで全てあの頃が蘇る。
徐ろに車から降りて店内を見渡すと、向こうも気がついて入口まで出向いてくれた。
そこにいたのは目玉グリグリのあの娘だ。
軽く日常会話を交わして、こっちはグリグリが大人になってる動揺を隠しながら、あの頃を装ったが、
「また来てね」
の一言に、時の流れを感じ、少し落ち着いた。
…そうか、俺はそういう仕事をしてたんだ…。
こんな事であがいてる場合じゃない、あがいてる人間に手を差し伸べられるように生きて行かなくては。
言い過ぎかもしれない、おこがましいかもしれないが、幼年期に与えた刺激が、今のこの娘の
「また来てね」
に繋がるなら、間違った事はしてなかった。
そう解釈を溢れないように丸めて丸呑みした。
それは今後の活力にとっとこ、と思った夜だ…。
※緊急事態宣言前の話しです。