屑鉄の夢
崩れた街の残骸を横目に、ただ歩いている。かつて大きな戦争があったらしい。残ったものは、冷たい骨を剥き出しにした建物と、塵や埃にまみれた誰かの記憶。思い出す者もいない今となっては、ただの物質に他ならない。感情のない摂理によって、いつか土に、空気に還って行くのだろう。この荒野に横たわるすべてのものは、かつて人類が創り出したものだ。自分のために、あるいは誰かのために、もしくは世界の為に、自分が存在したのだという理由を残そうと、乱暴に街を発展させていった。今はもう、何もない。遺跡のように、じっと静かに息をしている。僕は歩く。彼女に再び出会う為に。朽ち果てた身体は歩く度に錆が剥がれ落ち、いまにも崩れてしまいそうだ。くじけそうなとき、僕は決まって彼女との最後の会話を思い出す。夜だろうか。倉庫として使われている木を基調としたその部屋に、白熱灯が吊るされている。オレンジ色に染まった小さな世界に、僕と彼女の影が揺れていた。「命には必ず終わりがあるの。でもね、それは悲しい事なんかじゃない。だから命は美しいんだよ」「ごめん。僕はロボットだから...。人に作られて、人からオイルをもらって、炭鉱で採掘作業を進める。君のいう命って、こういうこと?僕がいつかスクラップになる日が、終わり?」「ちょっと、違う」彼女は微笑む。「ここ、手を当ててみて」彼女は僕の手を取り、小さな胸に当てる。「あたたかいね」「あなたも、あたたかい」彼女は僕に触れて言う。「ちゃんと、生きてる」そう言うと、彼女の頬は少しずつ赤くなり、僕を見つめる瞳から涙がこぼれ始めた。身体は震えていて、ゆっくり唇を開いていく。僕は待つ。時間をかけて空気を吸い込み、まばたきをして、彼女は言う。「あなたが終わるその時までに、必ずわたしをみつけてね」突然の爆音。わずかな差で現れる鮮烈な光。白熱灯の割れる音。焼き付く残像。彼女は...綺麗だった。世界が切り裂かれる。暗くなっていく。目も、耳も、命も、あたたかいも、記憶も...。この先はノイズだらけで、まともに再生する事ができない。僕が次に目を覚ました瞬間、彼女の姿はなく、僕はこの荒野に投げ出されていた。屑鉄の夢 その①Rokichi