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三厩

ここは義経伝説が始まった地である。
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義経は、平泉で逃れた後東北を北上しこの地に逃れてきた訳だが
ここで本州は行き止まり、先へ逃れるには、この津軽海峡を渡らなければいけない。
しかし義経が渡ろうとした時は、海が荒れ渡れる状態ではない。
屋島、壇ノ浦と海戦を戦ってきた義経のことだから、当然海の状況をみて的確に判断したのだと思う。
できるだけ早く遠くに逃れたいと大変焦っていた状態だが、そういう時こそ的確は判断を求められる。
義経伝説に少々否定的な私だが、もしこの地に義経が立ったらそう考えるだろうと思う。

義経伝説に戻るが
海があれた状態で、、三日三晩観音さんに祈ったそうだ。
そうすると満願の日に、白髪の老人翁が現れ
「龍馬三頭を与うべし」と告げたらしい・・・・・・この辺はもう創作感満載になっている。

翌日巌下に行くと、3頭の馬が厩石に繋がれていた。それで北に渡ったそうだが
その馬が繋がれていた厩石が現存している。
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現在は、その前に碑が建てられているが
その裏の大きな岩には穴が開いている。
龍馬3頭をつないだ厩石 ここから「三厩」となったそうだ。
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現在この厩石は随分と陸側に入っているが
これは、青函トンネルを掘って出た土砂を海に埋め立てしたためと友人に教えてもらった。

土地の名前の由来からも義経伝説とつながっている。
それだけ当時の人は義経の悲劇な人生を哀れみ、こんな僻地であってもきっと生きていると望みを繋げたのだと思う。