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なぜこいつの名前が、信玄なのか??
この甘酢ソフトいかは、子供の頃から好きだった、今日久しぶりに温泉内の売店で買ってしまった。
蓋を開けた時の、くしゃみが出そうなぐらいの酢酸臭、甘酸っぱい味、独特の歯ごたえなんとも言えない。

このところ駄菓子も復活しているが、昔ながらの駄菓子は少なくなった。
アンコ玉、ベビーカステラなどを見かけると物凄く懐かしくなる。
アンコ玉は、まだ荒川区で作っているらしいが・・・・。

敬愛する なぎら健壱氏の名著「下町小僧」を読むと貧しかった子供の頃を想い出す。
私の育った時代は、なぎら氏の10年ぐらい後、なぎら氏が書いた昔の面影が残る最後の時期だったと思う。
今の様に衛生的、除菌、賞味期限・・・・なんてことを言ったら当時の移動駄菓子売りや、屋台のおでんやなんかは即営業停止…そんな時代でしたね。
今では下町に分類される足立区も、その頃は、荒川から北は東京じゃないなんて言われ…東京23区内でも目立った区ではなかった。当時キャンディーズのスーちゃんの実家がある・・・・なんて、数少ない足立区出身の芸能人ネタにもなったが、そんな足立区が注目を浴びだしたのは、金八先生が放映されてから・・・・・・そして敬愛するビートたけしのオールナイトニッポンで見事全国区になった(あまり良い意味ではなかったが・・・)。

そんな足立区の40年台後半、遊びと言えば公園で野球、その合間に数十円の小銭を持って駄菓子を買う・・・・そんな子供ばかりだった。
紙芝居おじさんも定期的に現れた。今で言う移動販売(当然自転車)の中でも、「フルーツ弁当」と呼ばれた・・・・小さい饅頭が1個入るぐらいの白い容器に、梅干、乾燥アンズ、乾燥プルーンなどと入れ、多分フルーツ系の缶詰のシロップをベースにしたと思われる甘い液体をかけたもの・・・・・が人気だった。

当時の写真でも残っていればなぁと本当に残念に思う。