Bob DylanLike a Rolling Stone聞いている。最初に打ち込まれるスネアドラム一撃が自由への夜明けを告げていた。ロックンロールからの脱皮とシーラカンスと化した大人たちの頭へ反逆ののろしを突き出した。そもそもロックンロールも反逆の叫びではあったけれども表現が直接的で、芸術性や告発性を持つまでにはいたらなかった。ロックの地平線を切り開いたのは間違いなくボブディランとビートルズだろう。ボブディランの追憶のハイウェイ61とビートルズのリボルバーでロック革命はスタートした。ビートルズはいまでもなにかとフューチャーされているがボブディラン功績は見逃されがちだと思う。ウディーガスリーから受け継いだリベラル的正義心とジャックケルアックやランボーから受け継いだデカダン的思想をうまく生かし、フォークソングをロックと上手く融合させ、フォークロックという新たなジャンルまで作ってしまった。60年代のロックで語り続けねばならないのはウッドストックであろう。愛の夏と謳い真の争いのない平和な世界への幕開けをヒッピーと呼ばれる革命的な若者達は夢見ていた。ドラックが切れ、夢から覚めた彼らが見せ付けられたのはベトナムの混沌と喪失感でしかなかっただろう。その象徴的な出来事は1969126日オルタモントでのストーンズのフリーコンサートだろう。ヘルズエンジェルスの団員が黒人の青年を殺害するというロック史の残る汚点となる事件が発生した。この事件はウッドストックとともに1960年代の終焉として現代にも語り継がれる。代表的なアーティストを上げればきりがないくらい素晴らしいアーティストを生み出した時代だ。ビート文化の後継者ルーリードの前衛音楽集団ベルベットアンダーグラウンドや、二―ルヤングのバッファロースプリングフィールドに、ミスターヒッピーとも呼べるジェリーガルシアのグレイトフルデッド、楽器を叩き壊すパフォーマンスでお馴染みのザ フーや、ボブディランの相棒ザ バンド、そして世界最高のギターリストの称号を手にするであろうジミーヘンドリックスやこの人も世界一のギターリストとして名高いマイクブルームフィールド、腕に100万ドルの保険がかかったジョニーウインター、いまだに崇拝者が多いエリッククラプトンといったブルースマンも忘れてはいけない。白人の音楽といえばフォークソングもヒッピーや黒人たちの人民権運動とあいまって学生、ポヘミアン、社会主義者、理想主義者に労働者まで幅広い層に歌われた。僕から見たらこの時代の音楽的変化は60年代前半はアイドル的存在だったビートルズやビーチボーイズの音楽的進化、そしてボブディランや後に続くトラディショナルシンガー(フォークシンガーやブルースマン)が次々と脈脈と受け継がれた伝統的なアンプグラグドな楽器(アコースティックギター、バンジョー、マンドリン、ウッドベースなどなど)を捨てて電子楽器(エレキギター、ベース、シンセサイザーなどなど)に活路を見出し伝統的な音楽に新たなる世界観を付け加えたことだろう。そういう意味では東のディランと西のバーズは代表れであると思うのとこのバーズはもっと音楽的にも評価されるべきだと思う彼らがいなければクロスビースティルスナッシュ&ヤングも世に出てくることができたか疑問に思う。彼らの登場で伝統的な音楽のよさや価値は再評価されたといえるだろう。ビートルズはラブ&ピースの申し子となりアメリカ政府から危険分子とみなされ、ボブディランは自分を愛し育ててくれたフォークファンから中指を突き上げられた。天才は常に変化を続ける、凡人は常に置き去りを食らう

それを浮き彫りにしたのは1960年代のボブとビートルズ変化だ、象徴的なのは1965年のニューポートフォークフェスティバルと1969年まで続くヒッピー文化でのビートルズの役割だろう。ボブディランは野次と罵声の罵詈荘厳が飛び交う中ライカローリングストーンを大音量で演奏し、ビートルズはサンフランシスコに住む自由で先進的な若者達に愛と花束は世界を救うと訴えた。彼らの時代はモンタレーとウッドストックで終わりを告げる。彼らが残したハートとスピリットは確実に世界を変えているし、現代のようにファッションとして薄っぺらなロックを身にまとうのではなく。そこには真のロックンロールがあった。本当のSEXDRUG ROCKNROLLが生きていた。現在に彼の登場を待ちわびるのは難しいだろう。ロック自体が産業化し資本主義に毒され、陳腐な金になる木に成り果てたである。その成りの果てがオルタナティヴでありそのカートコパーンも拝金主義の腐ったロック業界に嫌気が差し、あの世へ旅立ってしまった。